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『一代限りの生命』第一楽章

『一代限りの生命』

第一楽章



今は何となく風化しつつあるような気もしますが、「絆」「思いやり」「生命」「愛」等々、3.11以降、未だによく出て来る言葉です、特に総選挙が近くなると。
どこかで人が苦しみ、悩んでいるとき、ほとんど無意識に助けたいと思い、助かることを願い、祈るでしょう。これは2000年以上前も同じでした。問題提起として、この第一楽章では、この「助ける」ということについて二つの例をあげてみます。

1 「善いサマリア人」の話
「善いサマリア人の病院」という名前の病院がありますが、その由来は新約聖書『ルカによる福音書』10章30-37「善いサマリア人」の話に基づきます。この話はギュスターブ・ドレやレンブラントの作品を初めとして、多くの絵画や彫刻にもなっています。

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「善いサマリア人」(レンブラント 1630年)

ご存じの方が多いと思いますが、簡単に内容を紹介しておきましょう。
短い話なので、全文を述べることにします(聖書は「フランシスコ会訳」を使います)。

すると、一人の律法の専門家が立ちあがり、イエスを試みようとして尋ねた、「先生、どうすれば、永遠の命を得ることができますか」。そこでイエスは、仰せになった、「律法には何と書いてあるか。あなたはどう読んでいるのか」。彼は答えた、「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛せよ。また、隣人をあなた自身のように愛せよ』とあります」。
イエスは仰せになった、「あなたの答えは正しい。それを実行しなさい。そうすれば、生きるであろう」。すると、彼は自分を正当化しようとして、イエスに「わたくしの隣人とはだれですか」と言った。イエスはこれに答えて仰せになった、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗に襲われた。彼らはその人の衣服をはぎ取り、打ちのめし、半殺しにして去っていった。たまたま、一人の祭司がその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通っていった。また、同じように、一人のレビ人が、そこを通りかかったが、その人を見ると、レビ人も道の向こう側を通っていった。ところが、旅をしていた、一人のサマリア人がそのそばに来て、その人を見ると憐れに思い、近寄って、傷口に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をした。それから、自分のろばに乗せて宿に
連れていき、介抱した。翌日、サマリア人はデナリオン銀貨二枚を取り出し、宿の主人に渡して言った、『この人を介抱してください。費用がかさんだら、帰ってきた時に支払います』。さて、あなたは、この三人のうち、強盗に襲われた人に対して、隣人となったのは、誰だと思うか」。律法の専門家が、「憐れみを施した人です」と言うと、イエスは仰せになった、「では、行って、あなたも同じようにしなさい」。

img02.jpg
(街道のレストラン前で筆者)
若干、補足説明をしておきましょう。
この話が出てきた背景には、イエスという存在が目障りになり始め、何とか言葉尻を捉え、揚げ足取りをして失墜させようと計画している律法学者たちがいます。いわゆる体制の人間です。2000年後もその構図は何も変わっていません。彼らは「隣人とは誰か」という質問をしてイエスを試そうとします。

イエスが話した場所は、エルサレムから20キロほど離れたエリコに向かう街道です。東京から私が住む浦和あたりまでの距離です。ですが、エルサレムは海抜800メートル、エリコは死海の近くで、海面下250メートルほどにあるので、その標高差1000メートルを下がっていくことになります。旅人が追いはぎに襲われ、半殺しの目にあってしまった。
そこを通る三人の旅人がどのようにこの事件に関わったかをイエスが話します。

map.jpg

最初に通りかかったのがユダヤ教、エルサレム神殿の祭司です。祭司は、その人を見ると、道の向こう側を通って行ったとあります。その理由は旧約聖書『民数記』に記されています。そこには

「どのような人の死体であれ、それに触れた者は七日の間汚れる。その者は、三日目と七日目に罪を清める水で自らを清めなければならない。そうすれば彼は清くなる。もし三日目と七日目に自らを清めないなら、清くならない」(19・11-12)


と書かれています。
この祭司は、もしこの倒れている人が死者であると、その清めの儀式をしなければなりません。はっきり言ってめんどうくさいので、「触らぬ・・・に」と考えて、目の前の出来事に関わらずに、避けて通ったのです。
これは決して特殊なことではありません。道端で、あるいは電車内で、ご近所で、組織内で等々卑怯にも、われわれはみな、この祭司と同様の心理になることがあるのではないでしょうか。
次に通りかかったのがレビ人です。
「レビ人」という「人種」が存在するわけではなく、神殿内で聖所の管理を命ぜられた下級祭司のことです。この人も祭司同様「触らぬ神ならぬ、触らぬ人にたたりなし」とばかり、迂回して行きます。
つまり、祭司、レビ人というユダヤ教の宗教的指導者である彼らは、目の前で苦しんでいる人間に何一つ助けるという行為をしなかったのです。
そして次に通りかかったのがサマリア人です。
これも「レビ人」同様、「人種」を表すものではなく、サマリア地方に住む人を言います。
エルサレムとその北にあるガリラヤ地方とは約120キロほど離れていますが、サマリア地方は、その間にはさまれています。当時、ユダヤ人社会からみてサマリア人たちというのは、エルサレムの神殿とは別にゲリジムの山頂の神を拝む異教徒、異邦人として扱われていました。歴史的には特にアッシリアの侵攻以隆、雑婚や異教などが入り込み、純血を大事にするユダヤ人からは嫌われていました。
異端者として蔑まれていたことは聖書にしばしば出てきます。
例えば、旧約聖書『シラ書』のなかでは、サマリア人を

「シケムに住む愚かな者ども」(50・26)

と言い、『ヨハネによる福音書』では、ユダヤ人がイエスに向かって、

「あなたはサマリア人で、悪霊に取り憑かれている」(8・48)

と言ったりしています。
そのユダヤ人から蔑まれていたサマリア人が通りかかったのです。

bible map01
(新約時代のパレスチナ)

彼は、倒れている人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎます。当時の普通の治療方法だったようですが、その介抱の仕方は、本当に大変行き届いた心のこもったものです。
そして、自分のロバに乗せ、宿屋に連れて行く。翌日になると、デナリオン銀貨二枚を出して、宿屋の主人に介抱をたのみ、費用がもっとかかったら帰りがけに払う、とまで言うのです。一デナリオンは労働者の一日分の賃金に相当する金額です。つまり二日分の労働賃金を宿屋の主人に払い、養生できるように頼んだのです。

話を終えたイエスは、三人のなかで、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うかと律法学者に問います。さすがの律法学者たちも、「その人を助けた人です」と答えざるを得ない。するとイエスは「行って、あなたも同じようにしなさい」と言われたのです。
ここでイエスは、長い間にわたってユダヤ人のなかにあり続けてきたサマリア人に対する侮蔑というものが、いかにいわれのないものであるかを示しています。そして、自分たちは人間的であると言いながら、実は何もしない人間よりも、侮蔑されてきた人たちの方がどんなにやさしい人たちであるかも示されています。このことは、日本の現代社会がまったくいわれのない差別やいじめなどを残酷に行っているのを見るとき、それらと真っ向から対立する非常に現代的な意味を持っていると思います。
このイエスが話したたとえの意味は、「助ける」とは「おきて(律法)を超え、民族、階級を超えて、どのような人もしりぞけないこと」を教えていると思います。
その時サマリア人は、傷を負って倒れていた人が、いつも自分たちを差別していた思い上がったユダヤ人であるにもかかわらず、「憐れに思った」のです。
この「憐れに思う」という言葉のギリシャ語としては「スプランクニゾマイ」という言葉が使われていることを、矢吹貞人さいたま教区終身助祭は指摘されています。
この動詞は、スプランクノン=内臓という言葉から来たもので、当時、情は、ハートからではなく、内臓から出るものだと思われていたというのです。
「とことん助ける」ということです。これはなかなか私たちには出来ないことですが、心したいことです。

2 「深川・千鳥橋」
話はガラリと変わって、池波正太郎原作『鬼平犯科帳』のなかの一つ『深川・千鳥橋』について。
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労咳(肺結核の漢方名で当時不治の病と言われていた)を患っていて、来年の桜を見ることが出来ないだろうと思われる元盗賊を赦すか、捕縛するかを決断する場面です。
鬼平こと長谷川平蔵はこう言います。

「赦すか、赦さぬか、道は一つだ。
もし赦すとすれば、『ここまで』という限りはない。限りをつければ、それは赦すことにはならぬからだ。」


好きな台詞です。
助けるなら「とことん助ける」という先ほどの話と何となく通じるものがあるように思えてなりません。

私は3年前から「現代聖書研究会」という講座で学んでいますが、今年は南インド出身の神父様から教えてもらっています。
2回にわたって、旧約聖書にある『アモス書』について学びました。いつかまとめてみたいと思いますが、前回の講座では「無関心は大きな罪だ」ということを話されました。まさに「善きサマリア人」の話に通じます。
「誰でも必ず死を迎える。その亡くなった方のお葬式を行うこと、それは具体的な愛の行為です」と仰いました。
持っているものを分かち合うことが大事だとも言われました。口先だけで実行を伴わないような行為ではなく。アモスの時代まで遡ると、今から約3000年近く前の話ですが、耳に痛く響きました。
ある本に「第一楽章は車のエンジンの掛かりたてと同じで、なかなか温度が上がらないという感じである。それが第二楽章になると、温かく、血がすみずみまで巡るような活気を見せて、演奏に艶が出て来る。」と書かれていました。楽理のようには行きませんが、少しエンジンが掛かってきたと思います。

次回は『一代限りの生命』第二楽章に入ります。

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プロフィール

marchan

Author:marchan
千葉 糺(ちばただす)
1947年生

東京理科大学大学院修了(数学・複素関数論専攻)
平成14年~18年度学習院中等科長・高等科長。任期満了の後、学習院高等科教諭(平成19年~24年度)を経て
学習院名誉教授。

(写真は雑誌『Shi-Ba』V.43
から。黒柴マーちゃん,
愛猫いっちゃんと)

国画会彫刻家 故・千野茂氏にデッサンを学び、その後テンペラ画を中心に個展、グループ展等開催。

時間を見つけて谷中「全生庵」坐禅会参加。日本ユダヤ学会会員。
2007年、イスラエルを中心に旅行。


最近の紀要論文
(1)『イエス・千日で世界を変えた男の受難』─「『事実』と『真実』というaporia」─
学習院高等科紀要第5号(学習院高等科 2007年)

(2)『イスラエル・灼熱の旅 リポート』─荒野の民から学ぶ─
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)

(3)『ナザレのイエスはキリストか』=二千年前の一ユダヤ人の死をめぐる過ぎ去ろうとしない「過去」=
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)
(4)『ユダヤ灼熱の旅リポート2』
─平和ボケの民と臨戦態勢の民─
学習院高等科紀要第7号(学習院高等科 2009年)
(5)『聖書への旅』─「生きること」の意味を探して≪マタイ受難曲を聴きながら≫─
学習院高等科紀要第8号(学習院高等科 2010年)
(6)「パリサイ派とは何か」─現代に問う
補遺 聖書を側面から理解するために
学習院高等科紀要第9号(学習院高等科 2011年)
(7)─横顔・一七世紀オランダ絵画・印象派─西洋絵画についての一考察
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(8)聖書が私に教えてくれること
─『イザヤ書』、コルベ神父、そして山本七平─
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(9)四十年を振り返る
学習院高等科紀要第11号(学習院高等科 2013年)
(10)『院歌の周辺』 ─安倍能成 信時潔 岩波茂雄 頭山満─(学習院高等科 2014年)
(11)『ヘブライ語で学ぶ創世記Ⅰ』「ノアの箱舟」
(12)『これからの教育はどうあるべきか 数学者・秋山 仁先生との対談』(学習院高等科 2015年)
─ 今まさに問われていること ─
(13)『国際化とInternationalizeの狭間で』
─その大いなる溝─(学習院高等科 2015年)
(14)『これからを生きるために』─未来志向の経営の理念─(学習院高等科 2016年)
(15)『地球儀を傍らに』─教職追放 地政学 国際法 民主主義─(学習院高等科 2016年)

(写真は死海での筆者,
シナイ山頂での夜明け)

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