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日本の脆さについて

紀要論文補遺
日本の脆さについて



 11月刊行予定の紀要論文では、「印象派絵画」についても少々述べている。紙幅等のことから、そこに書くことが出来なかったことについて、触れることも本「糺の会」の役割と思われるので、以下、述べてみたい。

1)美術館史
 印象派絵画について調べていくと、必然的にオルセー美術館に関係が出てくる。
パリ・オルセー美術館Musée d' Orsay は1986年に旧駅舎を改造した独特の建築でも知られる美術館である。パリの真ん中、セーヌ川左岸に位置し、対岸にはルーヴル美術館がある。

オルセー01


 この美術館の特徴は、基本的には1848年・二月革命時から1914年・第一次世界大戦勃発時までの、そう長くはない、それでいて実り豊かな期間の芸術表現の総体を結集させているところにある。
 それ以前の作品は、基本的にルーヴル美術館に、それ以降の作品は国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)に収蔵されている。
したがって、「私はルーヴルよりオルセーの方が…」という会話自体、あり得ない(はずだが、存在するらしい)。
 オルセー美術館の開館準備室に在籍した、当時文部省在外研究員・高橋明也氏が『パリオルセー美術館』(2006年 平凡社)に書かれていることが印象的であった。氏は

このように書いてみて今さらながら考えさせられるのは、彼我の「美術館文化」の厚みの違いである。


と初めに述べ、日本の美術館に言及していく。以下、引用する。

それに対して我が国の多くの美術館は、80年代のバブル期を経た後、今やその存続自体が危機を迎えており、専門家としての学芸員の存在すら危ぶまれているのが実情である。
キャリア・アップの選択肢も少ない中、否応なく専門外の職に異動となったり、大学の教員などに転職することも多く、社会的インフラとしての美術館員の経験値は結局そこで蓄積されずに絶たれ、雲散霧消していく。これほど悲しく、無駄なこともないがこれが日本の「美術館文化」の現状なのだ。


 さらにこう述べている。

大統領からアパルトマンの隣人に至る多くの人々が、美術館で今どのような企画がなされているのか、新たに収蔵された作品は何か、また館長は誰かということを日常の話題にする風土、これが彼らの仕事の基本にあるのだ。かつてジスカール・デスタン大統領の時代に着手されたオルセー美術館のプロジェクトは、1900年に建設された駅舎を再生させる、という画期的な試みであった。しかし、短期的コスト面、実際の運用の便から考えれば新たな設計の建物を建設する方が良いなど、国民の間に様々な議論を巻き起こしたことも事実である。しかしそうした経緯は全て発案時から詳細にメディアを通じて情報が公開され、設計コンペも審査員の人選も含めたその経過が報道された。一般にはあまり知られぬままに立案され、いつの間に建物が出現するという経緯をたどる場合が多い日本の美術館建設とは異なる、社会に密着した公共材としての姿がそこにはある。


 日本では美術館長としてどの程度、芸術家が就任しているのか正確な数は私は知らない。が、役人の「天下り」が有名美術館の館長になった例は知っている。
 役人の「天下り」が批判される最大の理由は、法外な高給で遇されることにあるだろう。彼らが退職金なしの安い低給与、言い換えるとボランティア精神で働くのならば評価は違ってくるのではないだろうか。
 
 些か横道に逸れたので軌道修正する。
これまで述べたことは、何も美術館に限定される問題ではない。音楽の世界も然り、学問の世界も然り。いや、政治も然りであろう。層が薄いのである。歴史が浅く役者不足なのである。

 今、日本のあちこちで、多くのことが音を立てて崩れているのではないか。目を覆いたくなるこの現象に、感覚が麻痺してきてはいまいか。まさに戦後教育の崩壊ではないか。
 皮肉なことに、「日教組のドン」とか言われる人物が、国の舵を取っている。いや、「舵を取る」という表現は正しくはない。「舵を取る」とは「物事がうまく進行するように誘導すること」であるから。
 戦後教育のツケが、モラルの崩壊が、日本のあちこちで起きているのではないだろうか。

2)気になる言葉
 最近、やけに気になる言葉がいくつかある。
責任ある人間が、やたらと「きちんと」「しっかりと」それと「遺憾」という言葉を多発してはいまいか。これらの言葉を2,3の辞書で調べてみた(調べるまでもないのだが)。おおよそ次の意味である。
(1) 「きちっと」: (ア)崩れや乱れがなく整然としているさま。(イ) 条件や基準に過不足なく合っているさま。
(2) 「しっかり(と)」(確り・聢り): (ア)堅固でゆるぎないさま。堅実で信頼できるさま。(イ)気力が充実していたり精神作用が健全であったりするさま。
(3)「遺憾」:(ア)残り惜しいこと。残念。気の毒。(イ)申し訳ない。

 政治家を初めとして、彼らは状況があやふやな時ほど、「きちっと」「しっかりと」を連発するのではないか。それは単なる空約束、空手形ではないのか。そして、失敗すると「遺憾」と来る。
すべてが上辺だけで、役者が足りないのだ。
 この惨状、それには地道に人を育てていくことしか対策はない。それが「教育」であり、不可能ですらありそうな難題であるが、絶対に放棄することが出来ない最重要課題である。

 先日、故・香山健一氏(を中心にしたグループ1984年)の著作『日本の自殺』について語る会があった。

1984

故人とは16年前倒れられるほんの数日前まで、意見を交わしたことから、拝聴しながら当時が鮮明に甦ってきた。
 彼は熱く語った。「教育に携わる者は、過度のナショナリズムに乗せられることは危険だ。ナショナリズムを少し抑え気味に、冷静に方向を見極めることだ」と。

3)最後に
 いじめを初めとする「人と人」、領有権等の「国と国」、それぞれの間の諸問題を解決しようとするとき、「隣人を愛せよ」という福音書の言葉をよく人は使う。なぜ、隣人でも嫌な人間を愛さなくてはいけないのか、そんなことが出来るはずはないではないか、と聞き返されたとき、何と答えるであろうか。
 イエスが語った言葉は、すべて旧約聖書からの引用である。福音書のこの言葉は、「なんじの隣人を己のごとく愛せよ」という旧約聖書レビ記からの引用である。「隣人を愛せよ」というのは、キリスト教が「愛」の宗教だからなどでは決してない。
 それは、『創世記』に遡るのである。そこには「人間が神の姿に似せてつくられた」とある。「神の姿」Imago Dei(イマゴ・デイ)である。人間一人ひとりがイマゴ・デイ(神の姿)を刻印されている。だから嫌な相手でも(我慢して上辺だけでも)挨拶ぐらいは交わせ、というような意味なのである。それを「好きになれ」、英語の"LOVE"とするから空虚になるのである。
 イエスは「隣人を愛せよ」から「敵を愛せよ」に発展させていくのであるが、最後にそれについて補足しておくことにしたい。
 新約聖書は初め、ギリシア語で書かれた書物であることが重要なポイントである。その背景等はここでは省略して、ギリシア語の「愛」という言葉について述べることにする。
ギリシア語でいう「愛」は、「フィリアの愛」「アガペーの愛」「エロスの愛」に分類される。イエスが語った「愛」は、「アガペーの愛」であったと堀田雄康神父は書かれている。
 「フィリアの愛」とは、努力しないでも自然と心に湧いてくる愛で、愛情や情愛、愛着と言うようなもので、ややもすれば相手から「お返し」を前提し、期待する面もある。
 一方、「アガペーの愛」とは、好き嫌いの思いを越えて、相手の善や幸せを願い、またその実現に力を尽くす愛であると堀田神父は言う。当然ながら、この愛には自分の都合や利益を度外視して、自然の感情と戦う意志の努力を必要とする厳しさが伴う愛である。
 イエスが語った愛は、この「アガペーの愛」なのである。相手にイマゴ・デイ(神の姿)を感じ、自分の投影された姿を見ることなのである。

 美術館史について言及するつもりが、些かはみ出した感がある。今回の配信は以上にしておきたい。

 なお、「教育」という大難問Aporiaについては、来春の本『糺の会』で取り上げることを先月の理事会・社員総会で決定しましたことをお知らせ申し上げます。




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[C11] マーくんのお父さんへ

最近 自分の年齢からか 残された時間の中で何が出来るのか?などとというような事を ふと考えることがあります
どなたかが(こんな曖昧な記憶ですみません)
「人は誰かを幸せにするために生まれてくる…それは何も たくさんの見知らぬ人を幸せに…という事ではなく ごく近くにいる誰か たった一人でいいから幸せにすればいい」と話をされていました

わたしの 最も近くにいる相棒きんちゃんが 今 幸せかどうかは わかりません
でも 彼には 健やかに穏やかに 笑顔で毎日を過ごして欲しいなあと願っています

私の出来ることといえば 「お帰りなさいは優しく」とか「たまには髪を洗ってあげる」とか「コーヒーには時々チョコレートを添えて」とか…
そんな些細なことの積み重ねでしかありませんが それでもいいのかなあと思っています
彼に笑顔でいて欲しい…と願っている私の心の方が「幸せ」なのかもしれません(あれっ?苦笑)
(もちろん ももの存在も わたしたち夫婦の幸せの源です)

マーくんのお父さんの論文の感想になっていないかもしれませんね ごめんなさい
  • 2012-10-09 00:35
  • もも母 たっちゃん
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プロフィール

marchan

Author:marchan
千葉 糺(ちばただす)
1947年生

東京理科大学大学院修了(数学・複素関数論専攻)
平成14年~18年度学習院中等科長・高等科長。任期満了の後、学習院高等科教諭(平成19年~24年度)を経て
学習院名誉教授。

(写真は雑誌『Shi-Ba』V.43
から。黒柴マーちゃん,
愛猫いっちゃんと)

国画会彫刻家 故・千野茂氏にデッサンを学び、その後テンペラ画を中心に個展、グループ展等開催。

時間を見つけて谷中「全生庵」坐禅会参加。日本ユダヤ学会会員。
2007年、イスラエルを中心に旅行。


最近の紀要論文
(1)『イエス・千日で世界を変えた男の受難』─「『事実』と『真実』というaporia」─
学習院高等科紀要第5号(学習院高等科 2007年)

(2)『イスラエル・灼熱の旅 リポート』─荒野の民から学ぶ─
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)

(3)『ナザレのイエスはキリストか』=二千年前の一ユダヤ人の死をめぐる過ぎ去ろうとしない「過去」=
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)
(4)『ユダヤ灼熱の旅リポート2』
─平和ボケの民と臨戦態勢の民─
学習院高等科紀要第7号(学習院高等科 2009年)
(5)『聖書への旅』─「生きること」の意味を探して≪マタイ受難曲を聴きながら≫─
学習院高等科紀要第8号(学習院高等科 2010年)
(6)「パリサイ派とは何か」─現代に問う
補遺 聖書を側面から理解するために
学習院高等科紀要第9号(学習院高等科 2011年)
(7)─横顔・一七世紀オランダ絵画・印象派─西洋絵画についての一考察
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(8)聖書が私に教えてくれること
─『イザヤ書』、コルベ神父、そして山本七平─
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(9)四十年を振り返る
学習院高等科紀要第11号(学習院高等科 2013年)
(10)『院歌の周辺』 ─安倍能成 信時潔 岩波茂雄 頭山満─(学習院高等科 2014年)
(11)『ヘブライ語で学ぶ創世記Ⅰ』「ノアの箱舟」
(12)『これからの教育はどうあるべきか 数学者・秋山 仁先生との対談』(学習院高等科 2015年)
─ 今まさに問われていること ─
(13)『国際化とInternationalizeの狭間で』
─その大いなる溝─(学習院高等科 2015年)
(14)『これからを生きるために』─未来志向の経営の理念─(学習院高等科 2016年)
(15)『地球儀を傍らに』─教職追放 地政学 国際法 民主主義─(学習院高等科 2016年)

(写真は死海での筆者,
シナイ山頂での夜明け)

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