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横顔について

横顔について

プロローグ
人間の顔は、正面から見ると額が大きく「君臨」しています。絵画技法書には、たいてこうあります。正面の顔を描くときは、卵形を描き、縦横に中心線を引く。目頭はこの線上にあり、鼻の先は中心点から目の幅の1.5倍の位置になる。…と続きます。

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正面から見ると、額が閉める割合が大きいのですが、一方、横顔では額が親しげに鼻から口ヘとおりていきます。
横顔が正面像にくらべて抵抗感が少ないのです。
今回の配信では、西欧を中心とした肖像画、特に横顔について考えてみます。

そのルーツは古代ギリシア・ローマで戦勝や遠征のたびにつくられたコインにあります。
図の硬貨はカエサルの横顔を表したものです。
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個人肖像は、古代ローマにおいてその人の業績を表す重要な文化でした。彫刻でも数多くの作品が彫られています。図はご存知のミロのヴィーナス像です。

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まだキリスト教の時代ではありません。
ローマがキリスト教を国教とし、中世キリスト教社会では個人よりも神を重んじましたので、肖像は廃れます。
古代の学問や美術、神々を「リナーシター」=「再生する」すなわちルネサンス期に再び人間が中心になり、肖像画は著しく発展していきます。その肖像とは、すなわち権力者たちでした。彼らは、自分の権力を誇示するために肖像画を描かせました。
美術史家・木村泰司氏はこう述べています。

肖像画が権力者だけのものではなくなったのが、ルネサンス期のイタリア、そして15世紀のフランドル地方です。この時代、これらの地域では経済が非常に発展し、市民階級が台頭してきました。生活レベルも向上し、ゆとりが生まれます。人間、ゆとりが生まれますと、ものを考えるようになります。何について考えたかというと"自分"についてです。その結果"自己の発見"がなされ、肖像画が登場してくるわけです。

ただし、中世の頃からの伝統で、真正面を描くのを許されていたのはイエス・キリストのみですから、真正面の絵は描けません。見本もありませんでした。
木村氏はこう書いています。

ルネサンスの画家たちは、当時、裕福な人々が収集していた古代のコインを参考にしました。そしてコインには、たいてい横顔(真横)が描かれていました。それが古代の約束事だったわけではありません。横顔以外のものもあったのですが、それはごく少数でした。ほとんどは横顔、それも真横だったのです。それはなぜかといいますと、単に横顔で表現したほうが特徴をとらえるのに簡単だったからです。正面から描こうとすれば、かなりしっかりとデッサンしなくてはなりませんし、コインで表すのは困難です。ところが、これらを参考にしたルネサンスの画家たちは、肖像というのは真横から描くものだと思ったわけです。というわけで、肖像画は横顔描写から始まります。


カトリックの影響が非常に強かったとも言えましょう(まだカトリックしかありませんでしたが)。

私も横顔をデッサンしていくと、役者の「化けの楽しみ」に通じるような、描く楽しさを感じます。
「この人が正面を見たらどんな人だろう」と観る人に想像してもらう楽しみ、とでも言えましょうか。

横顔の名作
では実際に横顔の名作を何点かご紹介しましょう。(年代順ではありません)

1) ピカソ
「海辺の母子像」(油絵 一九〇二年)
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「青の時代」の頂点を画する傑作です。ピカソの「青の時代」は一九〇一年に始って、同五年に終っています。青年らしい理想と夢がさまざまなブルーに色どられた時代です。
主題は、多く市井の貧しくよるべない人びと。
母が無心に子どもを抱きかかえる姿、ピカソの鋭い描写力。
「芸術は悲哀と苦悩の娘、悲しみこそ瞑想(めいそう)の場である」という、当時のピカソの信条が無条件で理解できる作品です。

2)  ムンク
「病める少女」(油絵 一八九六年)

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ノルウェーの画家ムンクは生涯に何回となく「病める少女」を描いています。幼くして母や妹を失ったムンク。病に寄せる奇妙な親近感のようなものさえ感じさせます。
「肉体と精神の疾患、そして死。これこそいつもぼくをたずねてくる黒衣の天使だった」。ムンクはこう語っています。死を純粋に見つめる少女の顔に、崇高さを感じます。

3)  ドラクロワ
「ジョルジュ・サンド」(油絵 一八三八年)

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ドラクロワは絵画も音楽も、感情に直接訴えかけなければならないと言っています。
画家と作曲家の美に対する関心は、本質的には変わらないと感じていたので、彼はショパンとよく音楽について語りあったとあります。ショパンのピアノの調べに耳を傾ける小説家のジョルジュ・サンド。旋律が彼女の全身をひたしていくのがよくわかります。

4) レンブラント
「サスキアの像」(油絵 一六三四年ごろ)

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レンブラントの妻サスキアが二十一歳のときの肖像。レンブラントはサスキアを二十点以上描いています。
横顔からサスキアの優しさが伝わってきそうな心あたたまる作品です。

5)  ロートレック
「母の肖像」(油絵 一八八七年)
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南仏の名門ロートレック伯爵の家では毎週サロンが開かれ、集った親類縁者の子供たちの背くらべが行われました。
画家の母にあたる伯爵夫人はいつも壁に目盛りを入れて彼らの成長を喜びましたが、ある日突然にわが子の発育はとまってしまいました。
以後、彼女はその壁を「嘆きの壁」と呼んだといわれています。
ロートレックは物静かな教養豊かなこの母をこよなく愛していました。
生涯わが子の悲しみを悲しみとした母親の姿が横顔から伝わってきます。

6)  ロートレック
「洗濯女」(油絵 一八八九年)
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ロートレックがみずから課題とした技術的練習のための習作の一つと言われています。
ドガからヒントを得たと言われる作品ですが、ロートレックの絵は仕事の手を休めて表を眺めている悲しげな女性を示していることが、横顔から感じられます。

7)  藤島武二
「蝶」(油絵 一九〇四年)
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小説家の永井荷風は、かつて油絵で描いた日本の婦女子には少しも心を動かされたためしがないと言い切ったとあります。
油絵具では金髪の婦人と西洋の風景に適した材料であるとの意味でしょう。ですが、この少女の横顔からはそうは断言できない美しさを表しているように思えます。

8)  ワイエス
「ガニング・ロック」(ドライブラッシュ・水彩 一九六六年)

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この男性はウォルター・アンダーソン。アメリカ・インディアンとフィンランド人の血を等分にゆずり受けたメイン州の素晴らしい男だったとワイエスは語っています。
また、「この絵の中では唇の描き方が気に入っている」とも語っています。「アメリカ」がこの横顔から溢れ出ています。

9)  ワイエス
「私の姉」(鉛筆 一九六八年)
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ワイエスは絵画のいちばん基本的な手段(鉛筆デッサン)で写真(カメラ)に挑戦しています。
カメラではこれほどひそかに息づいている人間の皮膚や木々を写すことはできません。
人間の手はその微妙な呼吸音まで伝えてくれるような鉛筆デッサンです。
彼はこう語っています。
「私はこれをもとにして本画を描こうとはしなかった。なぜなら、このスケッチがすべてを表現しているからだ」

10)  レオナルド・ダ・ヴィンチ
「イザベラ・デステ」(コンテ、黒チョーク 一五〇〇年)

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イザベラは極度にソフィスティケートされ、飾り立てた「モードの女王」でした。したがって、ダ・ヴィンチがモナリザのときとは違って、見たまま感じたままを忠実に描いたと言われるこの作品は、彼女の好みにそぐわず保管しなかったという説に、何故か納得してしまいます。

ダ・ヴィンチは数多くの横顔を描いています。3点上げてみます。

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最後の横顔は「最後の晩餐」でのイスカリオテのユダです。
横顔だけですべてを表現しています。

その後の肖像画の歴史について簡単に述べておきます。横顔に続いては3/4正面像と言われる作品がフランドルの画家・ヤン・ファン・エイクによって完成され、それがイタリアに渡ります。イタリアが生んだ世界でいちばん美しいといわれている4分の3正面像が誕生しました。
ご存知の、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年)の『モナ・リザ』です。

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この『モナ・リザ』について木村氏はこう語ります。

モナ・リザを美人だと解釈したなどという話は聞いたことも読んだこともございません。コマーシャルで用いられたり、歌に謳われた結果、モナ・リザは美しいのだと思い込まされているのでしょう。
では、モナ・リザの何が美しいのかというと、テクニックです。この絵には絵筆の跡がありません。自然には輪郭が存在しないという考えから、指の腹を使ってぼかし、光と影の濃淡で描く "スフマート"の技法。そして空気遠近法を用いた神秘的な背景など、人間の目の錯覚まで利用したテクニックが完壁なまでに美しい一枚、それが『モナ・リザ』という作品です。



日本の作品も含めて、まだまだ数多くの横顔の名作がありますが、鑑賞はここまでにします。

エピローグ
いくつかの「横顔」を主題とした名作を観てきました。肖像画は横顔描写─profile─から始まっています。現在、profileプロフィールというと「人物紹介」という意味で使われる言葉の原義が、横顔の描写から来ていることを述べたかったのですが如何でしたでしょうか。古くは硬貨から、ダ・ヴィンチやロートレック、ピカソ、ワイエスの作品等々、横顔からその人物の強い個性が滲み出ています。
翻って現在のプロフィールはどうでしょうか。最後に少し論じてみます。

若者が所謂リクルート・スーツを羽織った同じような外見で、同じような言葉で自らのプロフィールを語ります。若者だけではありません。マスコミの横顔(プロフィール)も、知識人の横顔も、政治家の横顔も、私たち庶民も同じことを同じように語ります。例えば「個性重視」、「論理的思考」、「国際化」、「環境問題」、「福祉重視」、「弱者の目線」等々溢れ出る言葉は自らの言葉ではありません。鋳型(パターン)化した言葉の垂れ流しです。何となくイエスマンという言葉と相通じるものがあるような気がしてなりません。

私たちの「現代社会の問題を糺し未来の扉を開く会」は、皆様と一緒に「横顔」profileの原義をリナーシター=再生する場でありたいと念じています。
なお、ご紹介した作品の多くはWeb Gallery of Artを利用いたしました。
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[C8] はじめまして

はじめまして 3歳の白い柴犬「もも」(本名/鶴姫号)の母と申します
実はももの血縁犬を探していましたところ 以前(2010・4)柴犬の「マーくん」の血統に関する記載のあったこちらのブログにヒットいたしました
ももの父方の祖父は「浪花黒天道号」祖母は「百合姫号」
父親が「天道黒鷹号」と言います 
マーくんとは誕生日が違うので父犬が直接の兄弟ではないのですが
うれしくなって書き込みをさせて頂きました
その後マーくんはお元気ですか?

「もも」はアレルギーの体質があるものの とても元気です
もし良かったらブログをのぞいてみてください

ブログタイトル
しろしば・ももの「キミがいて、ボクがいる」
です
突然の書き込みで失礼いたしました

  • 2012-07-17 17:44
  • ももの母
  • URL
  • 編集

[C9] マーくんのお父さんさま

さきほどは ももブログに遊びに来ていただきありがとうございました
「もも」も si-baに載ったことがあります
2011年5月号VOL56です
こちらからも記事のコピーを送らせて頂きます

私どもは仙台在住ですが 実は東京出身で親類や友人は東京近郊に多くおります
ですからそちら方面に出かけることも多々あり
いつか ももともどもお会いできたらうれしいです

我が家の住所も 頂いたメールアドレスの方に記載しますので よろしくお願いいたします
記事楽しみに お待ちしています
今後とも柴友としてお付き合いいただけますようお願いいたします
  • 2012-07-18 16:03
  • ももの母
  • URL
  • 編集

[C10] お手紙受け取りました

本日 お手紙受け取りました
かわいいマーくん
すてきなマーくんお父さん
やさしいマーくんお母さん
うれしく 楽しく 拝見しました
近日 こちらからも
お便りします
  • 2012-07-21 20:25
  • ももの母
  • URL
  • 編集

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プロフィール

marchan

Author:marchan
千葉 糺(ちばただす)
1947年生

東京理科大学大学院修了(数学・複素関数論専攻)
平成14年~18年度学習院中等科長・高等科長。任期満了の後、学習院高等科教諭(平成19年~24年度)を経て
学習院名誉教授。

(写真は雑誌『Shi-Ba』V.43
から。黒柴マーちゃん,
愛猫いっちゃんと)

国画会彫刻家 故・千野茂氏にデッサンを学び、その後テンペラ画を中心に個展、グループ展等開催。

時間を見つけて谷中「全生庵」坐禅会参加。日本ユダヤ学会会員。
2007年、イスラエルを中心に旅行。


最近の紀要論文
(1)『イエス・千日で世界を変えた男の受難』─「『事実』と『真実』というaporia」─
学習院高等科紀要第5号(学習院高等科 2007年)

(2)『イスラエル・灼熱の旅 リポート』─荒野の民から学ぶ─
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)

(3)『ナザレのイエスはキリストか』=二千年前の一ユダヤ人の死をめぐる過ぎ去ろうとしない「過去」=
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)
(4)『ユダヤ灼熱の旅リポート2』
─平和ボケの民と臨戦態勢の民─
学習院高等科紀要第7号(学習院高等科 2009年)
(5)『聖書への旅』─「生きること」の意味を探して≪マタイ受難曲を聴きながら≫─
学習院高等科紀要第8号(学習院高等科 2010年)
(6)「パリサイ派とは何か」─現代に問う
補遺 聖書を側面から理解するために
学習院高等科紀要第9号(学習院高等科 2011年)
(7)─横顔・一七世紀オランダ絵画・印象派─西洋絵画についての一考察
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(8)聖書が私に教えてくれること
─『イザヤ書』、コルベ神父、そして山本七平─
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(9)四十年を振り返る
学習院高等科紀要第11号(学習院高等科 2013年)
(10)『院歌の周辺』 ─安倍能成 信時潔 岩波茂雄 頭山満─(学習院高等科 2014年)
(11)『ヘブライ語で学ぶ創世記Ⅰ』「ノアの箱舟」
(12)『これからの教育はどうあるべきか 数学者・秋山 仁先生との対談』(学習院高等科 2015年)
─ 今まさに問われていること ─
(13)『国際化とInternationalizeの狭間で』
─その大いなる溝─(学習院高等科 2015年)
(14)『これからを生きるために』─未来志向の経営の理念─(学習院高等科 2016年)
(15)『地球儀を傍らに』─教職追放 地政学 国際法 民主主義─(学習院高等科 2016年)

(写真は死海での筆者,
シナイ山頂での夜明け)

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