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金美齢対談要約(2)

『糺の会』対談要約(2)

4月7日アルカディア市ヶ谷(私学会館)で行われた、金美齢先生との対談の要約(2)を配信いたします。

対  談
千葉 対談に入らせていただきます。至らない所が多々あると思いますが、宜しくお願い致します。
どうしても震災に関する話から始めさせていただくことになります。
先日、原発被害にあわれた福島県広野町の方の話を聞く機会がありました。簡単にご紹介いたします。

3月12日に爆発事故があった時も、まさか発電所が爆発したとは思いませんでした。その日、電気も何もないところで、広野町の防災無線から「緊急事態が起きたので、とにかく役場に避難してください」との知らせが流れました。それでも「津波で家がないから避難するのだな。電気が来ないから避難するのだな」と私は勝手に思っていました。避難した日の夜、役場のテレビが初めて映りました。そこで見たのは、まさしく原発が爆発している映像でした。ここで初めて何か大変な事故が起こったと実感しました。
その後はよく状況を考える暇もなく、「自主避難してください。とにかく遠くへ逃げてください」と役場から言われました。ただ、家を出た時はすぐに自宅に帰れるものと思い、エプロン姿にスリッパ履きという身軽な格好で、500円玉1個だけを持って、私は夫と子どもの4人で避難所に逃げていたため、一度自宅にお金や荷物を取りに戻ろうとしたら、もう30キロ圏内は警戒区域となって、誰も入れなくなっていたのです。


さらに、

悲しいことに、1年経っても、私たちの前にきちんとした言葉は誰からも返ってきません。私は国の在り方に一番不満を持っています。私たちは国策で安心だからここに住んでくださいと言われていました。だから当然、事故があったら、真のリーダーがいて、きちんとした号令で、地元住民はこうしてくださいと、確かな対策や対応があると信じていました。最初の1~ 2カ月は手の付けられない状態だから、仕方ないと思っていましたが、半年経っても、1年経っても、悲しいことに何にも変わりません。
40年前から原子力発電は国家政策でやっていますから、何か事故があったときも安全で、放射能は危ないものではありませんという国や東京電力の言葉を地元の住民は信じてきました。しかし、今、考えると、放射能が危なかったのではなく、私たちの命を守ってくれる国の政策が危なかったのかなと思っています。


こういう話が続きました。
一方で、冒頭で申し上げましたように、1999年台湾大地震のとき、当時の総統・李登輝はこう語っています。

日本から援助してもらった仮設住宅に優先して、テレビや冷蔵庫を入れた。中には絵も飾った。周りには駐車場や医務室、児童公園、手芸教室、老人ホーム、それからスーパーマーケットまでつくった。6日間で、軍の工兵隊を使ってつくらせた。


さらに

災害の際、最も重要な役割を果たすのは、やはり軍隊です。
軍人には二つの仕事があるんです。一つは戦争、敵と戦うこと。もう一つは戦場の整理です。戦場の整理もできない軍隊は戦争もできない。


国民には最小限の情報しか与えず、ただ右往左往し、延々と机上での時間が流れ、部下には怒鳴り散らす当時のわが国の総理大臣。
それに対し、たった6日間で仮設住宅に入る国民の精神的動揺を少しでも小さくしようとし、日々災害についての日記註1を書いて痛みを分かち合った当時の李登輝総統。
nikki

日本は復興庁ができるまで11ヶ月かかっています。この違いに唖然としてしまいます。いったいこの差はどこから生じるのか。
現在の、そして今後の私たちにとってリーダーの問題は非常に重要なことだと認識しています。是非、先生のお考えをお聞かせいただきたい。
 李登輝さんはですね、先ほど私が言ったように、人生の中で国籍が変わっているんですよ。
ということは、多重文化の中で育っているということです。

lee teng

勿論、国籍が何回変わろうが、人間的に何も成長しない人も当然います。李登輝さんが言っているのは「私は、日本人が理想的だと思う教育を受けた人間なんだ」、つまりある意味では自分は理想の姿なんだ、ということを敢えて仰ってるんですよ。日本の教育、過去の日本の教育、今じゃないですよ、過去の日本の教育が育てようと思った人間として育ったんだ、と仰っているのです。それは何かというと、勤勉であり、熱心に学ぶことであり、学んだことをどう世の中に役に立たせるか、そしてそれを実際に実践するんだ、ということです。これは大変なことで、彼はある意味では努力の方です。私はいつも言うんですが、彼は優等生、めちゃくちゃ優等生です、良い意味で。その場その場で最善の努力をし、そしてそこから必ず学ぶものがある、それで成長していった姿の人です。今、仮設住宅の話がありましたが、私は直接、李登輝さん本人から聞きました。「日本の仮設住宅註2 は小さいんだ」と。もし、その小さい日本の仮設住宅をそのまま使うと、あそこに住みたいと思う人はあまりいないだろう。だからとにかく、日本から届いた仮設住宅にいろんな設備をしたんだと言っていました。今、仰った洗濯機や絵だとか、全部、李登輝さんが日本の仮設住宅に設置したんです。というのは、せっかく日本がよこした仮設住宅に「何だ、こんな狭いのは嫌だ」と台湾人が思ったら、日台関係は良くならないと思ったからです。だから日本から来た仮設住宅に、皆、喜んで住むように中を整備したのです。私が本人から聞いたことなので、間違いないんです、この話は。台湾の仮設住宅の方が広いんだけれども、日本の仮設住宅の方が設計も良いし、住みやすい施設に作ったわけです。
自分が出て行ってテープカットをしたりすると、また何か言われるので、奥さんが行ってテープカットしてもらったと仰ってました。
しかもですよ、皆さん。台湾の新幹線というのは第三セクターで中国人がトップです。中国人は皆、理屈抜きで日本人が嫌いなんです。だから日本の新幹線の技術を使ず、フランスと仮契約をしていました。だから、もともと、台湾の新幹線はフランスの技術を入れることになっていたんです。だけどもこの震災で、いち早く日本が駆けつけて、新聞も有難いとそれを報道し、「日本、有難いじゃないか」という流れになったんです。
で、それを捉えて李登輝さんが「台湾の新幹線の技術は日本が一番良い。なぜならば山あり谷あり川あり、地震ありで、双方の条件は同じなんだ。フランスの新幹線はひたすら平野を走っているだけだ。だから台湾の新幹線は、日本の技術の方が良いんじゃないか」とポロッと仰った。タイミングなんです。いつ、何を話すかということですよ。
ずっとヨーロッパとの契約が進んでいる間、彼は口を挟むわけにはいかないんです。ただでさえ、「親日」といってしょっちゅうバッシングを受けているわけですから。大体、台湾の総統が、尖閣諸島は日本の領土です註3と言っちゃっているわけですからね。それはもう、中国人からのバッシングの嵐ですよ。新幹線の技術はやはり日本が良い、なんて最初から言ったら絶対に実現はあり得ないんです。幸か不幸かそこで震災が起こって、いち早く日本から救援隊が来て、仮設住宅やいろいろな援助が来た。そこで「台湾の地形からいくと、日本とそっくりだから、やはり日本の新幹線が」ということで、JR東海がその仕事を請け負ったんです。こういう違いというのか、リーダーシップの違いは比べようがないんです。

2-001

何がどう違うのかというと、李登輝さんの背後にあるのは、台湾の歴史そのものなんです。台湾の歴史というのは、艱難辛苦の歴史なんです。多重文化の歴史なんです。それが人を、ある意味では大きくするんですよ。勿論、その中でも大きくならない人はいっぱいいますよ。でも、大きくする条件がそこにある。日本は今、皆、小粒ですよ、残念ながら。それは何故かというと、艱難辛苦がないからです。艱難辛苦を経ないで人間を育てるというのは、実は至難の業なんです。ですからある意味では、求めて艱難辛苦をしなくてはいけないんだが、日本は今、艱難辛苦をどんどんどんどん減らしていく。例えば、絶対ああいう所にはいかないとか、瓦礫を受け入れないとか、これはもう危ないから食べないとか、もうとにかく、まぁ、無菌状態にもっていった人間というのは非常に弱いというのは目に見えています。だから今の日本の教育というのは、大いなる間違いだし、子育ても大いなる間違いだし、社会全体が大いなる間違いだし、「弱者」と名乗ったら大威張りであるという。これがもう大いなる間違いなんですよ。これを変えていかないことには、日本はますます劣化します。日本人はますます劣化します。草食系と言われていますが、草食系というのは弱いということなんです。何もしないということなんです。それでは日本は潰れます。

千葉 有難うございました。二つ目の話題に移らせていただきます。
昨年の大地震、大津波、原発事故によって、日本人の多くのものが変わったといっても言いすぎではないと思います。
レジュメにも「社会、経済、政治、日常生活、価値観、希望等々大きく折れ曲がったまま一年が過ぎました」と書きましたが、ただ、希望だけはこれからの方たちのために持たせなければと思います。どんな形であれ、立ち上がらないといけないと思います。「人は後ろ向きに未来に進む」、と確かポール・ヴァレリーが言ったと思いますが、過去をきちんと理解せずに今日も未来もありません。
先生は

「「日本にはすべてがあるけれども、希望だけがない」と言うくだりが紹介されたとき、私は目を剥いた」「多くの人が、まるで日本という国に生まれてきたのを不幸だと思っているかのようである」


とお書きになられています。(かつての朝日新聞記者・松井やより女史や、社会学者・上野某女史のような)学歴ある文盲が率先して言い続けていると思います。震災後一年以上経た今日、ますますこの傾向が強くなっていると感じますが、このことについて、先生がお感じになられていること、危惧されておられることをお聞かせいただきたい。
 先ほどの話の中に、すでに回答がある程度出ているような気がしますが、私が日本に来てもう53年になります。多分、45年間ぐらいは所謂「進歩的文化人」と呼ばれる人たちの時代だったと思います。私は1959年に日本に来て、翌年が60年安保と申し上げましたけれども、それから70年安保、とにかく早稲田というところで経験した若者たちの何というか、体制に対する異議申し立てみたいなもの等々、ずっと見てきて何を感じるかというと、「ノイジィ・マイノリティ」なんです。この「ノイジィ・マイノリティ」が信用するのが、朝日新聞を筆頭にいくつかのメディアで、そして進歩的文化人と言われる人たち。でも、(学生運動を)貫徹した人たちは、ある意味では、全部、「野垂れ死」をするんです、正直な話。ですが、大多数の人たちは、何をするかというと、大学を卒業するときには、いち早くリクルート・ファッション、リクルート・スーツに着替えて、会社訪問に並びます。キャンパスの中で、ヘルメットを被ってタオルで顔を隠していた人も、ある日突然、それは全部脱ぎ捨てて、今でいう「就活」ですが、会社訪問が解禁になったその日に変身するわけです。あの時代、若者たちは元気だったという言い方をする人たちがいますけれども、私に言わせるとあれは「ファッション」なんです。その時代、時代のファッションであって、そのときのある意味では、今、AKB48に狂っているのと同じように、あのときは要するにヘルメットを被って何かをやって、突然ある日、就職活動に邁進する。あのとき、「学生運動」というのは流行・ファッションだったのです。もし、それに殉じた人がいたとしたら、大多数は「野垂れ死」しています。いないわけじゃないんです、実は。志を最後まで持った人を私は数人知っていますけれども、それはもう全部「野垂れ死」しています。どう「野垂れ死」しているかというと、要するに、ほんとうに「野垂れ死」したり、就職が出来ないわけですから、最初からビルの窓拭きをしたりとか、そういう人を私は見ています。だけども、ああやってある日突然、リクルート・ファッションに身をやつして就職していった人には、常にどこかに、どこかに、自分がかつてゲバ棒を振るったという「尻尾」が残っているのです。その人たちがメディアで働き、ある意味では自分たちの志を貫徹するために、世の中をどんどん自分たちの信じている方向へ引っ張っていった、というのが過去、ここ40数年の日本の流れだったと思います。
2-002

先ほど私が言った東大農学部のあの非常に左翼的な人は、後に、立教大学の教授になりました。で、台湾の人間で一番最初にメディアに登場した人間は彼なんです。朝日新聞に彼はときどき声をかけられた。それは何かというと、「進歩的文化人」として日本を糾弾する姿勢、しかも台湾人として台湾を植民地にした日本を糾弾する姿勢、これを唱える人がいち早くメディアに登場したというか、使われた。こういう時代だったんです、実は。これが日本の歴史なんです。思想的な歴史です。この「ノイジィ・マイノリティ」が日本を制覇していたんです、メディアを。
でも、それはやっぱり違うんじゃないかっていう、つまり、あの学生紛争の時代の人たちが少しずつ世の中から卒業していくに連れて、そういう人たちからの教育・影響を受けていない人たち、思想にかぶれなかった人たち、若い人たちが出てくることによって、少しずつ「違うんじゃないかな」という目覚めがあって、ここ数年、世の中が変わってきました、間違いなく。世の中が変わってきたということは、私のような人間の言葉が、きちっと届くようになったということなんです。かつて私がテレビに最初に出た10数年前、10年間ぐらいは私がほんとのことを言うと、テレビは必ず降ろされていました。でも私はそれでもめげずに、ずっとほんとのことを言ってきました。「ほんとのこと」というのは言い過ぎです。私の「信じること」です。私が信じていることを、ずっと言い続けてきました。数年前から、なぜか私のような発言をする人が必要になってきたんです。少なくとも最低、こういう人がいるということで。でも、東京ではなくて大阪の読売テレビですが。テレビを通じて私の発言を聞いた人たちが、私の講演を聞きに来られるようになった。
それは何か。あの進歩的文化人の影響から自由で、ある世代が少しずつ目覚めてきた。靖國神社がすぐそこにありますけれども、6年前、戦後60年の集会が8月15日、靖国神社でありました。多くの人が数分間ずつ話をしました。私も数分間、話をしましたが、今でもYou-Tubeで見られます。それを見たという若者からのメールが今でも届きます。少しずつ、少しずつそういう世の中になってきたんです。でもそれはほんの一握りなのです。で、私はいつも言うんですよ、「私たちが過半数を取らないと勝てないんだ」と。民主主義の世の中だから、所詮は頭数の問題だから、私たちが過半数を取らなければいけない。選挙で過半数取らなければいけない。で、それをするためには、どうしなくてはいけないのかということです。至難の業です。今の政権を選んだのは日本人ですから。でも、いろんなことが分かってきた、例えば、一番、一番ですよ、あの震災の中で日本人が学んだのは、自衛隊がどれだけ大切かということだと思います。
それまでは自衛隊に対して、これっぽっちも敬意を表していなかった菅直人が命令して、自衛隊の方々がどれだけの働きをされたか。台湾が世界の一番、世界全体の国の総額よりも多くの金額を義捐金として寄せてきた。「まさかの友こそ、ほんとうの友」ということが分かったんだとしたら、台湾という国の存在が改めて多くの日本人に認識されたのです。ですが、残念ながらそれも一握り。何故なら私は先日、糖業協会註4というところで講演しました。糖業協会というのは砂糖です。丸の内のど真ん中にある糖業会館という素晴らしい建物の中に協会があります。なぜそんなに金持ちかというと、台湾での製糖業でどれだけ儲けたかということです。台湾も潤ったけれども、日本も潤ったんです、台湾の砂糖で。で、結果、あの見事な糖業会館があそこにあるわけです。その講演で「皆さん、勿論ご存知でしょ」と前置きをしてからこの台湾の義捐金の話をしたら、何と、私の講演が終わった後に糖業協会の理事長がですよ、「初めて聞きました」と言うのです。こういう状態なんです、今の日本は。糖業協会ですよ!他のところならいざ知らず、糖業協会の理事長です。どこかの天下りなんでしょう。台湾からデータに残っているだけで200億円を超え、データに残らないものがどれだけあるか。「初めて聞きました」と言われたとき、私はガクッときました。誰でも知っているかと思うでしょうが、知らないんです。こういう状態だと思ってください。こういう中で、私たちが過半数を取るというのは至難の業なのです。でも、過半数を目指して、私たちは頑張らなくてはいけないんです。

千葉 少し、日本の負の部分が続きましたので、この辺で(日本人の)いい話も考えてみたいと思います。
この1年余りの中で、最も心に滲みたのは昨年3月16日の天皇陛下のお言葉だったのではないかと思います。印象的だった箇所を上げてみます。

何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。



海外においては、この深い悲しみの中で、日本人が、取り乱すことなく助け合い、秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。これからも皆が相携(たずさ)え、いたわり合って、この不幸な時期を乗り越えることを衷心(ちゅうしん)より願っています。



被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、さまざまな形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく、からだを大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者とともにそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。


また、今、金先生が仰いました

自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々、諸外国からの救援のために来日した人々、国内のさまざまな救援組織に属する人々が、余震の続く危険な状況の中で、日夜救援活動を進めている努力に感謝します。


という部分では、どれだけ関係した人々が勇気づけられたことかはかり知れません。
さきほど言いましたように、当時の李登輝総統は、戦場の整理という仕事が軍にとって重要な任務なのだと仰っておられます。
戦ったことのない平和な時代に生まれた20代そこそこの若い隊員が、波の合間に浮かぶ傷んだ遺体を収容して、きれいに洗って、遺族の元に届けました。ですから、かつていや、今でも自衛隊を憲法違反と言った人々がいますが、国民の思いは大幅に改善されたと思っています。天皇陛下のお言葉は、当時の総理大臣の談話などとは比べものにならないほど、国民を勇気づけてくれました。
先生はこの一年間で、日本人の良い点、評価すべき点等、お感じになられたことがおありでしたらお話しください。
 私は実は、ずっと世界の中でどこの国よりも日本は生活しやすい国だと思っています。つまり、日本の日常生活ぐらいある意味では安心で安全で暮らしやすい国はないと思っています。私はずっとそう思っています。ですから、負の部分ばかり先ほど言いましたけれども、実は普段の生活で言うと日本は世界一なんです。それはやはり、多くの人が基本的にルールを守り、きちんと生活しているということなんです。これだけのインフラがきちっと整備されていて、治安だって世界の中で最も良い国の一つに入るわけです。大分悪くなったとは言っても、恐らく世界一でしょう。私がいつも思うのは、新幹線に乗っていると、ピタッと時間通りに着くんです。この前、新聞に天候等で遅延したりを全部を入れて遅延、つまりタイムが狂ったのは、平均0.6分だと書かれていました。私はいつも言うんです、日本の新幹線は凄いと。新幹線が3分遅れると平謝りに謝っています。こんなの世界中にどこにもありません。皆さん海外にお出かけになったら経験なされていると思いますが、ここまで日本のいろいろなシステムがきちんと整備されている。世界一なんです。問題は、中間層は大変に健全なんだけれども、そこから飛びぬけて器が大きい人間を育てていないということに尽きるんですよ。かつて日本は総中流だと言われたんですよ。それを新聞が非常に揶揄(やゆ)したことがあったんですが、私はその中流・中間層が分厚い国というのは非常に良い国だと思うんです。先ほど言った世界で一番暮らしやすい国というのは、中間層が非常に分厚いということです。大分格差が出来たといっても、分厚いんです。で、それは素晴らしいことなんだけれども、さっきから問題にしているのは、飛びぬけてリーダーシップを取る人間を私たちは育ててこなかった。それに尽きるんですね。それをやっぱりこれからは、やらなくてはいけないんです。分厚い中間層というのは実は、宝物なんです。例えば、今、少子高齢化と言われていますけれども、世界一の長寿国家であるこの日本というのは、これだけ見ても日本がどれだけ素晴らしい国かという証拠だと私は言っています。生活が良くなくって、寿命が伸びるわけがないんですよ。

2-006

アフリカの国々等の平均寿命を見てみれば簡単なことです。日本の平均寿命は世界一なんです。女性は特に世界一なんです。殿方が少し短いというのは、殿方が少々苦労しているという証拠なんです、間違いなく。今日、おいでのご婦人方に言いますけれども、男は大切にしなくちゃいけないんですよ。
今、上野某や田島某が何やかんや言って、すべて男が悪いと言っていますが間違いなんです。男も欠点があるかもしれませんが、女だって欠点があるんですよ。我が家に来てみてくださいよ、私が悪いに決まってるんだから。そいいうようなことも全部ひっくるめて言っても、日本は世界一の長寿国家です。世界一の長寿国家ということは、どれだけ暮らしやすい国かということの他に、いろんなインフラがこれだけ整っている、とかいろいろありますが、最も素晴らしいカードは国民皆保険制度、これなんです。そして医療レベルが非常に高いんです。先ほどこの中にお医者さんがいて、私のファンだと言っていたので、それにゴマをすっているわけではなく、私は常に言っています。日本の長寿国家の原因・カードはいろいろあります。水はきれいだし空気はきれいだし、緑は豊かだし、見て御覧なさい、あの桜の美しいこと。美しいものを愛(め)でるだけの美意識を持った日本人。こういう利点は多々ある。その中でも私たちが延々と築き上げてきた国民皆保険制度は、去年で満50年になりました。台湾も今、国民皆保険で15年になります。立派なことですよ。
それが日本は50年ですよ。この制度と、医療レベルの高さというのは宝物なんです。それを何とか、大切にしていかなければいけないのに、例えば、後期高齢者の保険料のことについてテレビが該当者に質問すると、「年寄りに死ねというのか」という言葉が出てきて、それが残るわけです。違うことを言っている人もいるでしょうけれども、テレビに残るのは必ず、「年寄りに死ねというのか」というものです。今日の会費も70歳以上の方は半額のようですが(笑)、シニア料金というのは必要かも知れませんが、実は私が言いたいのは、シニアこそ、支える側に回ることが出来る人は支える側に回りましょうよ、ということなんです。私もシニア料金で嬉しくないわけではないですよ。台湾の新幹線もシニア料金なんです。グリーンに乗っても普通の料金よりも安いという非常に嬉しいんだけれども、その半面、高齢化社会になっていって、もし高齢者が世の中をさせる側にもし回らないとしたら、真っ暗ですよ、日本の未来は。
少子化は若者たちの意識を変えることで、改善できると私は信じています。上野某だとか田島某のようなことを言わないで、私は家族が如何に素晴らしいかということを言います。家族が如何に素晴らしいかということを、私は常に言っています。だから若い人は結婚して子どもをつくりなさい、家族を持ちなさいとずっと言ってきています。少子化は未来のことだから変えられます。高齢化社会は変えようがないし、変える必要もない。なぜならば、私ももう少し長生きしたいし。でも私は、生涯現役だと思っています。年寄りが何らかの形で世の中に貢献するということをみんなが覚悟すれば、高齢化社会は怖くない。日本の未来も真っ暗にはなりません。それはやはり、ここにお出かけになった方々、または私の講演を聞いてくださる方々、私の本を読んでくださる方々に、一生懸命言っているんですよ。でも、上野某の『お一人様…』がベストセラーになって、私の『老後は人生の総決算』という自己責任を説いた本は売れませんでした(笑)。

千葉 有難うございました。今、先生の方から、国民皆保険と医療レベルが高いという話が出ましたが、横道に逸れますが、なのに日本人の自殺者が年間3万数千人という10数年も続いている、それも多くは50代の男性で健康を苦にしたものであるというのが実情ですが、これについては先生はどういう風にお考えですか。
 あのね、こんなことを言うと冷酷だと必ず言われるんですが、申し上げます。この前、新幹線で近江八幡におあたりで誰かが線路に入っていった。間違いなく自殺です。自殺するのに何故、わざわざ新幹線の線路に入っていくのと思いました。東京でも先日、中央線で「接触事故」とか言われていましたが、間違いなく自殺ですよ。8万7千人だったかの足が乱れました。亡くなった方に鞭打つことは日本では赦されないことだから、誰も何も言わない。自殺は正常な判断が出来なくなった結果なので、これもまた何も言えないけれども、自殺者が年間3万数千人いるということは、私に言わせるとこれは精神的にひ弱になっているということだと思います。あの大変な戦後の時代がむしろ自殺が少ない、ほんとうに艱難辛苦を経ている中でむしろ自殺が少ない。そういう状態で考えてみると、人間はひ弱になるんです。私は、一度も自分は死にたいと思ったことはないから分かりませんけれども、実は50になったばかりの知り合いなんですけれども、エリートです。東大法学部出身、一流商社の社員だったんですが、選択が悪かったのだと思います。
「東大法学部出身が何故、こんな仕事をしなきゃいけないの?」みたいに、自分が生活の糧を得ているところの、どういう仕事であろうが一生懸命やるということがなかった。で、あるときクビになってしまった。エリート中のエリートです。私にふっと言いました、「死のうかと思った」と。だけども、ある日電車に乗っていて、たまたま人身事故を見てしまった。あまりにも無惨なその状況を見て、ある意味でパッと目が覚めた。では、これは一体どういうことなのか。エリート中のエリートでも、自分が与えられたこの仕事、それも自分が選んだこの仕事に対して、覚悟して取り組んでいないんですよ。その結果、職を失ってなまじエリートであるだけに次の仕事が見つからないんです。当たり前じゃないですか。誰がそういう人をつかう勇気があるんですか。東大法学部、一流商社、何故か今…となると。そういうケースばかりではないと思いますが、精神的な脆さから来る状況だと、私は思っています。で、この自殺の問題は社会的大問題になっているけれども、止められないでしょうね。多分、これは止められない。誰が止めるのか。非常に冷たいことを言うと、そういう道を選ぶのは、その人の責任において考えるしかないんじゃないかと思います。非常に冷たく聞こえますけれども、それを我々が心配できる立場にないし、心配もできないし、はっきり言って私はそういうことを心配するんじゃなくて、頑張る若者を応援したいと思うし、頑張る若者にエールを送る方に私は自分のエネルギーをかけたいと思っております。

千葉 有難うございました。それでは最後の話に入らせていただきます。これまでのお話の中でもいろんな話が出ましたけれども、日本人は何かについて深く考えることが苦手な民族かな、と思います。原発についても然りです。
原発の緊急時のマニュアルを作らないことによって安全性の証とする。作れば、危険なのかと言われることを察してのことです。それよりも原発はクリーンなこれからのエネルギーだとエコ派と称する人々が謳いました。そして今、無人の町に「原子力、正しい理解で豊かな暮らし」という横断幕が虚しくかかっています。原発建屋には青空の絵のようなものが描かれています。これはノートルダム寺院に「どらえもん」の絵を描いているようなものだ、と言っている人がいました。これは何も今回の原発事故特有のものではないと思います。
中国が南西諸島に公の船を侵犯し、ロシアは飛行機を領空すれすれに幾度も飛ばして、日本の様子をうかがうということがあっても何もできない国です。何かあったらアメリカ軍が守ってくれるという「平和主義」の国です。やっとここに来て、国が、政治家が、知識人が当てにならないということを改めて学んだ一年でした。このNPO法人は政治的なことを述べる会ではありませんが、国の存亡にかかわる問題と考え対談の最後の質問をさせていただきます。
ここにも来てくれている学生に、これから日本を牽引していく青年・壮年の方に、そしてさまざまなことを次世代に教える義務がある人生の第四楽章に入る、入りつつある世代の方々。この三世代に世代ごとに先生からの未来の扉を開くために、是非メッセージを贈っていただきたいと思います。
 大変だね、これは(笑)。こんなことが出来たら私は総理大臣になるわ(笑)。学ぶということが、どれだけ幸せなことか、ということを考えるべきなんでしょうね。私は実は、優等生とは正反対で、こつこつ勉強するのは大嫌いでしたが、私の連れ合いは絵に描いたような優等生でした、李登輝さんほどではないけれども。私はよく学ぶことの幸せみたいなことを言うときに、こういうふうによく言うんです。知識というのは、東西古今の先人たちが遺していってくれた遺産なんです、文化遺産。古今東西の先人たちが、それこそ涙を流し、ときには汗をかき、ときには血を流して遺していってくれたものを、私たちは学ぶことで自分のものにすることが出来る。これが勉強です。学ぶということはそういうことなのです。高価な絵というのは手に入らないし、音楽は今でこそいろんな機器が出来たから簡単に聴けるようになったけれども、それでも「生」を聴くためには、はるばるニューヨークのメトロポリタン・ハウスまで行かなくてはいけないわけです。でも学ぶということ、知識ということだけは、その姿勢・決心さえあれば、全部自分のものに出来るんです。専売特許もないし、お金も本代くらい。これが一番、実は素晴らしい人間の営みだということを、私は若い人に贈りたい。
これは、これから学生になる人だけじゃなくて、生涯、学習ですよ。私は今年78歳です。勿論、記憶力は減退していく一方ですが、理解力だけは絶対に減退しないどころか、私は成長していると思っています。それだけの自信があります。それは何かというと、私は「無駄に生きていない」ということなんです。「無駄に生きていない」ということに含まれるのは、「学ぶ」という行為なのです。ですから、生涯、学習だと思うのです。これは学生だけではなくて、全ての人に私が届けたいメッセージなのです。では、社会を担っている中堅の方々、あなたたちは社会を担っているんです。社会を担っておられる方々が、現在を担い、未来を担うんだということを、やはり覚悟しなくてはいけないんです。自分に何が出来るかを、真剣に考えなくてはいけないのです。人間というのは、そんなにご大層なことは出来ないんです。ご大層なことは出来ないけれども、一人の人間が真面目にこつこつとやって、それが三人になり四人にと増えていくと、大変な力になるのです。それを信じてやってほしいなと私は思います。
それから先ほども言いましたように、シニア料金というのは絶対に嬉しい、嬉しいけれども、自分たちも受ける側だけではなくて、死ぬまで支える側にありたいと思うのが人間としての矜持であり、自尊心であり、誇りであると私は思っています。
人間ですからどうなるかわかりませんけれども、10年前に私は言いました。10年後に生活保護を受けるかもしれないし、どうなるか分からないけれども、私は福祉制度を支える側に回りたいと。私は今、自信を持って言います。私は死ぬまで福祉制度を支える側にいると思います、と。それだけの危機管理を私はやっているつもりですし、これからも引き続きやります。この危機管理がどれだけ大切かということを学んだのが、私が日本にいて、蒋介石政権のブラックリストに載せられて、パスポートも無効になり、それこそいつどうなるか分からないような中で生きてきた、そういう人生の中で学んだのです。だけども、そういう人生であっても、私は自分の人生を楽しむということを決して忘れたことはありません。

千葉 有難うございました。
 そろそろ皆さんの質問を受ける方が良いんじゃないでしょうか。いろいろ聞きたいという方もいらっしゃると思いますので、どうでしょうか。
千葉 そうですね。どうしても、原発の話、大震災についての話に偏りがちでしたけれども、かつて先生は、トラック1台以上の男性から言い寄られた(笑)ということも書いておられます。質疑応答ではこれまでの話に関係なく、いろいろこの際、ご自由に金先生へのご質問いただきたいと存じます。
 そうですね。私は元プレィガール(笑)、結婚してプレィワイフ、子どもが出来てプレィマザー、今はプレィグランマー(笑)ですから、そういう楽しい話も是非やりたいと思います。

2-007

総合司会 金先生、千葉先生、ありがとうございました。一言だけ。私は金先生が日本に来られた1959年の生まれなのですが(笑)。
 同い年ですね(笑)。同じ年数、日本を見ました、ということね(笑)。
総合司会 私は先生の『老後は人生の総決算です』という本を去年、買って読ませていただきました(笑)。
 有難うございます(笑)。


総合司会 それでは、ここでティータイムの時間を設けたいと思います。コーヒーーと紅茶をご用意いたしておりますので、スタッフがお席に伺いましたら、どちらかをお申し付けください。質疑応答は5分後に始めさせていただきます。
(拍手)
(質疑応答等は次回配信)
註1:『台湾大地震救済日記』の中に「私は毎晩、この日記を書くことで、自分自身が見たことや感じたことを詳細に記録するとともに、一日の仕事を振り返り、次の日の仕事の進め方を計画した。日記を書くことはまた、私があらゆる努力を果たそうとするパワーの源ともなった。」と書かれている。

註2:日本の仮設住宅8坪に対し、台湾の仮設住宅は12坪以上である。

註3:「尖閣諸島の領土は、沖縄に所属しており、結局日本の領土である。中国が、いくら領土権を 主張しても証拠がない。」(2002年9月16日沖縄タイムスでのインタビュー)

註4:砂糖関連の会社が会員になっている公益社団法人

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Appendix

プロフィール

marchan

Author:marchan
千葉 糺(ちばただす)
1947年生

東京理科大学大学院修了(数学・複素関数論専攻)
平成14年~18年度学習院中等科長・高等科長。任期満了の後、学習院高等科教諭(平成19年~24年度)を経て
学習院名誉教授。

(写真は雑誌『Shi-Ba』V.43
から。黒柴マーちゃん,
愛猫いっちゃんと)

国画会彫刻家 故・千野茂氏にデッサンを学び、その後テンペラ画を中心に個展、グループ展等開催。

時間を見つけて谷中「全生庵」坐禅会参加。日本ユダヤ学会会員。
2007年、イスラエルを中心に旅行。


最近の紀要論文
(1)『イエス・千日で世界を変えた男の受難』─「『事実』と『真実』というaporia」─
学習院高等科紀要第5号(学習院高等科 2007年)

(2)『イスラエル・灼熱の旅 リポート』─荒野の民から学ぶ─
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)

(3)『ナザレのイエスはキリストか』=二千年前の一ユダヤ人の死をめぐる過ぎ去ろうとしない「過去」=
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)
(4)『ユダヤ灼熱の旅リポート2』
─平和ボケの民と臨戦態勢の民─
学習院高等科紀要第7号(学習院高等科 2009年)
(5)『聖書への旅』─「生きること」の意味を探して≪マタイ受難曲を聴きながら≫─
学習院高等科紀要第8号(学習院高等科 2010年)
(6)「パリサイ派とは何か」─現代に問う
補遺 聖書を側面から理解するために
学習院高等科紀要第9号(学習院高等科 2011年)
(7)─横顔・一七世紀オランダ絵画・印象派─西洋絵画についての一考察
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(8)聖書が私に教えてくれること
─『イザヤ書』、コルベ神父、そして山本七平─
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(9)四十年を振り返る
学習院高等科紀要第11号(学習院高等科 2013年)
(10)『院歌の周辺』 ─安倍能成 信時潔 岩波茂雄 頭山満─(学習院高等科 2014年)
(11)『ヘブライ語で学ぶ創世記Ⅰ』「ノアの箱舟」
(12)『これからの教育はどうあるべきか 数学者・秋山 仁先生との対談』(学習院高等科 2015年)
─ 今まさに問われていること ─
(13)『国際化とInternationalizeの狭間で』
─その大いなる溝─(学習院高等科 2015年)
(14)『これからを生きるために』─未来志向の経営の理念─(学習院高等科 2016年)
(15)『地球儀を傍らに』─教職追放 地政学 国際法 民主主義─(学習院高等科 2016年)

(写真は死海での筆者,
シナイ山頂での夜明け)

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