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気になること─報道への「偏見」

気になること─報道への「偏見」

「謹賀新年」の画面が2月後半まで続いてしまった。「超多忙」だったことと、あれこれ考えることが多く、更新の「気力」がなかった、というあたりが本音である。この数行を書いてしまえば、あとは比較的すらすら流れていくのだが。

以前、本ブログで「石巻、閖上と海岸沿いに移動したことを中心に記していくことになるが、気になって仕方がないことが2,3ある。「書けない」ことを克服するためにそれらのことについて述べながら話を進めていきたい。」と書いた。その気になることの一つに以前載せた『荒城の月』があった。今回は、もう一つの「気になること」について述べることにしたい。

その前に、いろいろと報道されている石巻の大川小学校について考えてみたい。1月24日の読売新聞によると(その時点で)
「児童74人と教職員10人が死亡・不明になった」とある。
全校児童数108人のうち、70人が死亡、行方不明が4人、教員は9人死亡、行方不明1人というのが2月24日の時点での数字である。この痛ましい悲劇が注目される背景を考える前に、偶然とはいえ悲しすぎる事実を一つ述べておかなくてはならない。
それは、震災が起こる10日前、石巻市は市報「いしのまき」で特集「災害は忘れたころにやってくる!」として、津波への警戒を呼び掛けていることである。
cover


その特集の中で、

高い確率で発生が予測される宮城県沖地震では、宮城県の第3次被害想定によると、最も早く到達する太平洋沿岸の牡鹿地区で12~13分で到達すると予測されています。


と述べ、さらに

強い地震(震度4以上)を感じたときまたは弱い地震であっても長い時間ゆっくりとした揺れを感じたときには、津波警報や避難指示を待たず、直ちに海から離れ、急いで高台や鉄筋コンクリートなど丈夫な建物の2階以上に避難しましょう。
日ごろから身近な避難場所を探しておくことも大切です。


とある。
また

津波警報や注意報を知った場合にも、避難指示を待たずに直ちに避難しましょう。




最後に

「自らの命は自らが守る」
予測されている宮城県沖地震では、津波到達まで12~30分と想定されており、市民の皆さんへの津波警報や避難指示などが間に合わない場合も考えられます。
「自らの命は自らが守る」という観点に立って、自主的に避難することが最も大切です。

と結んでいる。

これが震災・津波の丁度10日前に発行されている。
偶然とは言え、あまりの残酷で虚しい事実に呆然としてしまう。

この「災害は忘れたころにやってくる」という言葉は、物理学者であり地震学者そして夏目漱石の弟子として知られる寺田寅彦が言った(といわれる)「天災は忘れられたる頃来る」から取ったものだろうが、寺田については、著書『天災と日本人』に関連していずれ詳しく述べるつもりである。

少し前の記事では、

東日本大震災で児童74人と教職員10人が死亡・不明になった宮城県石巻市立大川小学校の避難対応を再調査していた同市教委は(1月)22日、約7か月ぶりとなる保護者説明会を開き、学校側の避難誘導に問題があったことを初めて認め、保護者らに謝罪した。我が子を失った親からは学校側の責任を問う声や説明不足に対する不満が噴出していたが、市教委は説明会後の記者会見で「有識者を交えた検証を検討したい」と述べた。
説明会は昨年4、6月に続き3回目。この日は同市内の別の小学校で行われ、保護者ら約80人が参加。初めて報道陣にも公開された。
冒頭で境直彦・市教育長が「最も安全であるべき学校管理下で児童が被災し、津波に対する危機意識を高めておくべきだったと悔やまれる」などと謝罪。大川小の柏葉照幸校長も「校長としての至らなさに原因がある。マニュアル不備や職員の危機意識を高めてこなかったことなど、いくら謝罪しても決して許されるものではない。心から謝罪を続けていく」と述べた。

(上述 2012年1月24日  読売新聞)
とある。

「中央公論」2011年8月号にジャーナリスト菊地正憲氏が、「なぜ大川小学校だけが大惨事となったのか」という論文を載せた。詳しい内容は、各自でお読みいただきたいが要点をいくつかあげてみる。
5年生の娘を失った母親の言葉として

溢れる涙を抑えながら「悔しさ」を口にしたのは、市教委や学校側の対応に対する疑問を拭えないからである。
「私も、ほかの亡くなった子の親も、『どうして助けてあげられなかったのか』と自分を責める日々なんです。でも、子供たちは学校の管理下にあって、先生の判断を仰ぐしかなかったんです。なぜ裏山に逃がしてくれなかったのでしょうか……」

発生当時の生々しい経緯が克明に述べられている。少し長くなるが引用してみる。

午後2時46分に地震が発生した際、子供たちの多くは「帰りの会」の最中で、机の下に隠れた。下校を始めていた一部の児童も学校に戻ってきた。放送機器は使えず、教務主任が校庭へ避難するよう指示しながら校内を回った。3時ごろになって児童が校庭に集合し、教員が点呼を取り始めた―。
ここまでは普通に考えられる対応だ。時間的にもたついた様子もない。大川小は津波の際の市の避難場所に指定されているし、校庭に出るのがまずは最善と思われた。だが、この直後、現場にいた11人の教員たちは"迷走"を始める。このまま校庭に居続けるか、津波を想定して逃げるとすればどこに避難すれば良いのか、すぐに結論が出なかったのだ。校舎の西脇にある裏山に逃げるべきだとの声も出たが、「倒木や雪がある。余震も続いている」などと異論が出た。鉄筋コンクリート二階建てで高さが10メートルある大川小に屋上がなかったことも、選択肢を狭めた。
やがて、子供たちは泣き叫ぶなどして動揺し始めた。恐怖のあまり吐く子もいた。とにかく校庭を出発し、北上川に架かる新北上大橋脇の堤防道路の方向に一列になって避難し始めたのは、3時25分ごろになってからだ。校庭からは約7メートルの高さがある。
一部の親たちが続々と車で駆けつけて我が子を連れ出し、児童の数は約80人に減っていた。市の広報車が、津波の接近を伝えながら慌ただしく周辺を走る。と、次の瞬間、校舎西側にある北上川と東側にある海岸の二方向から、10メートルを超す山のような津波が、轟音を響かせながら迫ってきた。そして運命の3時37分、堤防道路付近にいた子供たちを一気に飲み込んだのだ。教員も9人が死亡し、1人の行方がいまも分からない。校長は不在で無事だった。


津波が来るまでの51分間、学校側は何をしていたのかという点が大きな問題としてクローズアップされている。学校の事後対応、防災マニュアルについても言及している。

学校に防災マニュアル自体は存在したものの、唯一、津波を避けられたと思われる裏山を想定した二次避難マニュアルを準備していなかったことを認め、それによって時間のロスが生まれたとの認識を示した。海岸から4キロ離れた大川小には、もともと大津波が来ると想定していなかったとも明かした。


と。この論文で著者は、6月に開かれた二度目の説明会で

「学校にいれば守られて、安心だったはずなのではないか」との問いが投げかけられた。苛立ちのあまり、「逃げようとばかりしている」「ごまかすな」などの怒号も飛んだ。


と書いている。

「最初からきちんとした謝罪が欲しかったのだと察します。みな安全だと思って、信頼して我が子を預けているわけですから……。学校側の保身や打算が見えていたのではないでしょうか」


という遺族の声と、著者の知人弁護士が

「15年前、北海道で起きた豊浜トンネル岩盤崩落事故では、犠牲者の遺族に対し、行政の説明不足や不適切な事後対応についての慰謝料を認めて、国に賠償命令を下す判決が後に出ている。これは従来はなかったケースだった。ほかの事故や災害についても、同様に賠償が認められた事例がある」


と語り、民事訴訟は可能だという見解も述べている。安全な裏山に行けば助かったものを、51分間決断できず、多くの命が奪われる結果になった責任は、あまりにも重大だとジャーナリストとして力説している。読者の多くが共鳴したのではないかと思う。

ただ、私は些か違和感を持たざるを得なかった。というより、このジャーナリストだけではなく、マスコミはなぜもう少し異なる角度からも"事実"を述べないのかという憤りに近いものを感じた。この悲劇についてだけではなく、巨大な権力を持つマスコミが一方的な見解を読者・視聴者に与えるという構図への憤りとも言い換えられよう。私が自分の子供を失った親だったら、どう対応するか分からないし、私の意見は偏っている可能性も大いにあろう。そういう認識を持った上で、若干の「偏見」を述べてみたい。

(1)「安全だと思って預けていた」と書いているが、この学校が海抜1メートルほどしかない場所に建っていることを「安全」と学校も、父母も思っていたことについては何も触れられていない。学校も父母も津波は(最近、頻繁に使われる言葉)「想定外」だったことを、一言も書いていないのは腑に落ちない。10年に一度ぐらいしか起きない現象は、悲しいかな私たち人間は「ないに等しい」と考えてしまいがちなのである。寺田寅彦はこんなことを書いている。

夜というものが24時間ごとに繰り返されるからよいが、約50年に一度、しかも不定期に突然に夜が廻り合わせてくるのであったら、その時に如何なる事柄が起こるであろうか。おそらく名状(*)の出来ない混乱が生じるであろう。そうしてやはり人命財産の著しい損失が起こらないとは限らない。


科学者の戯言とは言えないものを与えていると思う。
(*)名状:状態を言葉で表現すること。

(2)「なぜ裏山に逃がしてくれなかったのか」「裏山に逃げていれば助かったのに」という主旨の意見が、論文では繰り返し紹介されている。一方、この論文中に拡声器で避難を呼びかけつつ、海に向かう車一台一台に引き返すよう説得していた市の職員が

大川小のあの裏山にやっとの思いでよじ登り、命拾いをした。


とも書いている。この裏山が、急峻で現状では子供が上れるような形状ではないということをなぜ書かないのか。避難場所というのは即座に、安全に移動できる場所でなくてはならない。行政はもちろんだが、父母(PTA)も避難経路を確保しておかなかったことについて、双方、深く反省すべきではないか。そもそもPTAとは、父母と学校の相互理解・協力による、児童・生徒の教育効果の向上を目的とする組織である。
この論文では触れていないが、大川小学校はホテルかレストランかと思わせる洒落た建物である。そこに裏山への批難通路を渡すことは、「美観」を損ねるから作らなかったのだろうか。行政がそうなら、自分たちで道を作ることを父母は考えなかったのだろうか。要望はしなかったのだろうか。やはり、学校も父母も双方津波は「想定外」だったのであろう。
「学校にいれば守られて、安心だったはずなのではないか」という叫びがあったと書かれているが、そこには「想定外」のことへの責任を追及する姿勢が窺われる(偏見かも知れないが)。

最近、このリアス式海岸地方には、昔から「津波てんでんこ」という教えがあることを知った。「津波の時はてんでに一人で逃げろ」という意味だという。「お互い助け合って最後の一人まで」という発想とは対極の発想である。そう思って、上述の市報「いしのまき」を読み直してみると

「自らの命は自らが守る」という観点に立って、自主的に避難することが最も大切です


と書いているのは、この「津波てんでんこ」を言っているのだなと思えてくる。

1000年に一度と言われるこの震災は、あと999年は大丈夫だという意味では決してない。寺田が言う「約50年に一度、しかも不定期に突然に夜が廻り合わせてくる」という想定と同じように、明日来ないとは誰にも言えない。
学校(行政)と父母(PTA)がお互いに醜い非難合戦で傷つけ合っても得るものは何もない。「想定外」の出来事には、双方に責任があると私は思う。誰一人として責任のない関係者はいない。

肝心の「気になること」の本題に入る前に紙幅が尽きてきた。これについては、
寺田


寺田寅彦の「天災は忘れられたる頃来る」という言葉の背景にあることにも触れながら、次回配信で述べてみたい。



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プロフィール

marchan

Author:marchan
千葉 糺(ちばただす)
1947年生

東京理科大学大学院修了(数学・複素関数論専攻)
平成14年~18年度学習院中等科長・高等科長。任期満了の後、学習院高等科教諭(平成19年~24年度)を経て
学習院名誉教授。

(写真は雑誌『Shi-Ba』V.43
から。黒柴マーちゃん,
愛猫いっちゃんと)

国画会彫刻家 故・千野茂氏にデッサンを学び、その後テンペラ画を中心に個展、グループ展等開催。

時間を見つけて谷中「全生庵」坐禅会参加。日本ユダヤ学会会員。
2007年、イスラエルを中心に旅行。


最近の紀要論文
(1)『イエス・千日で世界を変えた男の受難』─「『事実』と『真実』というaporia」─
学習院高等科紀要第5号(学習院高等科 2007年)

(2)『イスラエル・灼熱の旅 リポート』─荒野の民から学ぶ─
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)

(3)『ナザレのイエスはキリストか』=二千年前の一ユダヤ人の死をめぐる過ぎ去ろうとしない「過去」=
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)
(4)『ユダヤ灼熱の旅リポート2』
─平和ボケの民と臨戦態勢の民─
学習院高等科紀要第7号(学習院高等科 2009年)
(5)『聖書への旅』─「生きること」の意味を探して≪マタイ受難曲を聴きながら≫─
学習院高等科紀要第8号(学習院高等科 2010年)
(6)「パリサイ派とは何か」─現代に問う
補遺 聖書を側面から理解するために
学習院高等科紀要第9号(学習院高等科 2011年)
(7)─横顔・一七世紀オランダ絵画・印象派─西洋絵画についての一考察
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(8)聖書が私に教えてくれること
─『イザヤ書』、コルベ神父、そして山本七平─
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(9)四十年を振り返る
学習院高等科紀要第11号(学習院高等科 2013年)
(10)『院歌の周辺』 ─安倍能成 信時潔 岩波茂雄 頭山満─(学習院高等科 2014年)
(11)『ヘブライ語で学ぶ創世記Ⅰ』「ノアの箱舟」
(12)『これからの教育はどうあるべきか 数学者・秋山 仁先生との対談』(学習院高等科 2015年)
─ 今まさに問われていること ─
(13)『国際化とInternationalizeの狭間で』
─その大いなる溝─(学習院高等科 2015年)
(14)『これからを生きるために』─未来志向の経営の理念─(学習院高等科 2016年)
(15)『地球儀を傍らに』─教職追放 地政学 国際法 民主主義─(学習院高等科 2016年)

(写真は死海での筆者,
シナイ山頂での夜明け)

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