Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://mar2002.blog92.fc2.com/tb.php/100-057bf1ca

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

言いたいことは何か(その1)

言いたいことは何か(その1)




しばらくブログを更新せず、私の健康をご心配して下さる方もいらっしゃいました。本人はいたって元気で、相変わらずあれこれ動いています。
ですが、忙しさにかまけて更新が滞っていたことは深くお詫び申し上げます。

「言いたいことは何か」という題で2つのことについて述べてみます。今回はその一つです。

1 映画『ノア-約束の舟』を観て
「百聞は一見にしかず」─話題の作品を論じるためには実際に観ておかないと思い、先週映画館に足を運びました。「ノアの箱舟」物語は、ほとんど誰でもご存知の物語でしょうが、聖書から引用しておきます。
先ず旧約聖書「創世記」第6章後半部から第9章から引用してみます。

ノアポスター

この地は神の前に堕落し、不法に満ちていた。
神は地を御覧になった。見よ、それは堕落し、すべて肉なる者はこの地で堕落の道を歩んでいた。
神はノアに言われた。「すべて肉なるものを終わらせる時がわたしの前に来ている。彼らのゆえに不法が地に満ちている。見よ、わたしは地もろとも彼らを滅ぼす。
あなたはゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟には小部屋を幾つも造り、内側にも外側にもタールを塗りなさい。
次のようにしてそれを造りなさい。箱舟の長さを三百アンマ、幅を五十アンマ、高さを三十アンマにし、箱舟に明かり取りを造り、上から一アンマにして、それを仕上げなさい。箱舟の側面には戸口を造りなさい。また、一階と二階と三階を造りなさい。
見よ、わたしは地上に洪水をもたらし、命の霊をもつ、すべて肉なるものを天の下から滅ぼす。地上のすべてのものは息絶える。
わたしはあなたと契約を立てる。あなたは妻子や嫁たちと共に箱舟に入りなさい。
また、すべて命あるもの、すべて肉なるものから、二つずつ箱舟に連れて入り、あなたと共に生き延びるようにしなさい。それらは、雄と雌でなければならない。
それぞれの鳥、それぞれの家畜、それぞれの地を這うものが、二つずつあなたのところへ来て、生き延びるようにしなさい。
更に、食べられる物はすべてあなたのところに集め、あなたと彼らの食糧としなさい。」
ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした。


から始まります。そして

洪水が地上に起こった。雨が四十日四十夜地上に降り続いたが、まさにこの日、ノアも、息子のセム、ハム、ヤフェト、ノアの妻、この三人の息子の嫁たちも、箱舟に入った。
主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた。
洪水は四十日間地上を覆った。水は次第に増して箱舟を押し上げ、箱舟は大地を離れて浮かんだ。
水は勢力を増し、地の上に大いにみなぎり、箱舟は水の面を漂った。
水はますます勢いを加えて地上にみなぎり、およそ天の下にある高い山はすべて覆われた。
地上で動いていた肉なるものはすべて、鳥も家畜も獣も地に群がり這うものも人も、ことごとく息絶えた。
乾いた地のすべてのもののうち、その鼻に命の息と霊のあるものはことごとく死んだ。
地の面にいた生き物はすべて、人をはじめ、家畜、這うもの、空の鳥に至るまでぬぐい去られた。彼らは大地からぬぐい去られ、ノアと、彼と共に箱舟にいたものだけが残った。
水は百五十日の間、地上で勢いを失わなかった。


と続きます。

神は、ノアと彼と共に箱舟にいたすべての獣とすべての家畜を御心に留め、地の上に風を吹かせられたので、水が減り始めた。
第七の月の十七日に箱舟はアララト山の上に止まった。
四十日たって、ノアは自分が造った箱舟の窓を開き、烏を放した。烏は飛び立ったが、地上の水が乾くのを待って、出たり入ったりした。
ノアは鳩を彼のもとから放して、地の面から水がひいたかどうかを確かめようとした。
しかし、鳩は止まる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰って来た。水がまだ全地の面を覆っていたからである。ノアは手を差し伸べて鳩を捕らえ、箱舟の自分のもとに戻した。
更に七日待って、彼は再び鳩を箱舟から放した。
鳩は夕方になってノアのもとに帰って来た。見よ、鳩はくちばしにオリーブの葉をくわえていた。ノアは水が地上からひいたことを知った。
彼は更に七日待って、鳩を放した。鳩はもはやノアのもとに帰って来なかった。
ノアが六百一歳のとき、最初の月の一日に、地上の水は乾いた。ノアは箱舟の覆いを取り外して眺めた。見よ、地の面は乾いていた。
第二の月の二十七日になると、地はすっかり乾いた。
神はノアに仰せになった。
「さあ、あなたもあなたの妻も、息子も嫁も、皆一緒に箱舟から出なさい。
すべて肉なるもののうちからあなたのもとに来たすべての動物、鳥も家畜も地を這うものも一緒に連れ出し、地に群がり、地上で子を産み、増えるようにしなさい。」
そこで、ノアは息子や妻や嫁と共に外へ出た。
獣、這うもの、鳥、地に群がるもの、それぞれすべて箱舟から出た。
ノアは主のために祭壇を築いた。そしてすべての清い家畜と清い鳥のうちから取り、焼き尽くす献げ物として祭壇の上にささげた。
主は宥(なだ)めの香りをかいで、御心に言われた。「人に対して大地を呪うことは二度とすまい。人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。わたしは、この度したように生き物をことごとく打つことは、二度とすまい。
地の続くかぎり、種蒔きも刈り入れも/寒さも暑さも、夏も冬も/昼も夜も、やむことはない。」


最後は

神はノアと彼の息子たちを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちよ。わたしがあなたたちと契約を立てたならば、二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない。」


で終わるという物語です。

映画のパンフレットには次のように書かれています。

ある夜、ノアは眠りの中で、恐るべき光景を見る。それは、堕落した人間を滅ぼすために、すべてを地上から消し去り、新たな世界を創るという神の宣告だった。大洪水が来ると知ったノアは、妻ナーマと3人の息子、そして養女イラと共に、罪のない動物たちを守る箱舟を作り始める。やがてノアの父を殺した宿敵トバル・カインがノアの計画を知り、舟を奪おうとする。壮絶な戦いのなか、遂に大洪水が始まる。空は暗転し激しい豪雨が大地に降り注ぎ、地上の水門が開き水柱が立ち上がる。濁流が地上を覆う中、ノアの家族と動物たちを乗せた箱舟だけが流されていく。
閉ざされた箱舟の中で、ノアは神に託された驚くべき使命を打ち明ける。箱舟に乗ったノアの家族の未来とは?  人類が犯した罪とは? そして世界を新たに創造するという途方もない約束の結末とは──?


監督ダーレン・アロノフスキーは、旧約聖書の他に「死海文書」「エノク書」等々のものを史料としたと書いています。

映画では旧約聖書にはないことも盛り込まれていますが、そこをとやかく言う必要はないと思います。
あんな大きな舟を一人で造れるはずがない、という疑問もこの物語の趣旨から外れます。
私は「言いたいことは何か」ということに絞って論じてみたいと思います。

2 「洪水物語」について

旧約聖書というのは、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教という3つの宗教の正典ですが、この「洪水物語」が起きた場所はどこでしょうか?
カナンと呼ばれたユダヤ地方・現イスラエルの出来事だったでしょうか? 
勿論、違います。
ユダヤにはヨルダン川という小さな川しかなく、氾濫するような大きな川はありません。
広く知られているように、この物語はメソポタミア地方(現イラク)の南部シュメル地方の現ペルシア湾付近で起きた洪水物語が旧約聖書に伝承されたものです。
ちなみに、「メソポタミア」というのは、ティグリス・ユーフラテス両大河に挟まれた地域を言います。「メソ」は「中間」、「ポタミア」は「河(ポタモス)の」というギリシア語で、古代ギリシア人が呼んだことが起源になります。

メソポタミアMap

よく知られている『ギルガメッシュ叙事詩』にも書かれています。
その『ギルガメッシュ叙事詩』にある「洪水物語」は、要約すると次のような内容です。

神々が洪水を送って人間を滅ぼそうとしたとき、知恵の神エアはウトナピュシュテムに箱舟を造るように命じます。ウトナピュシュテムは自分で造った箱舟に家族と親族、舟を操舵する人、あらゆる種類の生物、金銀などの財産を舟に積み込み、洪水を逃れます。それを知った神々の第一人者エンリルは激怒しますが、最後はウトナピュシュテムを次のような言葉で祝福します。
「これまで、ウトナピュシュテムは人間であったが、いまや、ウトナピュシュテムと彼の妻は、われわれ神々のようになる」。
こうしてウトナピュシュテムと妻は神々のような不死の生命を与えられ、神々と同等の存在になります。


登場するウトナピュシュテムはノアに該当する主人公です。
よく似ていることがお分かりだと思います(ただし、洪水を起こす原因は、旧約聖書では「人間の堕落」ですが、シュメル版は「神々の安眠が人間の騒がしさで妨げられたから」となっています)。

似ていますが、全く違ういくつかのことに私たちは注目すべきなのです。
旧約聖書では何を言いたかったのかを。
映画ではその焦点がはっきりしていなかったと思います。シュメル版「洪水物語」と比較していなかったのではないでしょうか。旧約聖書はシュメル版「洪水物語」の焼き直し程度に考えていたのではないでしょうか。
ですから「言いたいことは何か」がぼやけた作品になってしまったと思います。
キリスト教的見地からの解釈ではぼやけてしまうのです。
ラッセル・クロウ等、一流の俳優をそろえ、時間と経費をかけた結果が非常に惜しまれます。
シュメル版洪水物語と、ノアの洪水物語の重要な違いはいくつかありますが、一点だけここでは指摘しておきます(他の違いは紀要で述べたいと思います)。

皆さんは、ノアが上陸した後、どうなったかご存知でしょうか。
「創世記」にはこう書かれています(9章21節~25節)。

あるとき、ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。
カナンの父ハムは、自分の父の裸を見て、外にいた二人の兄弟に告げた。セムとヤフェトは着物を取って自分たちの肩に掛け、後ろ向きに歩いて行き、父の裸を覆った。二人は顔を背けたままで、父の裸を見なかった。ノアは酔いからさめると、末の息子がしたことを知り、こう言った。「カナンは呪われよ。奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ。」


要するに、ノアは上陸後農夫になって葡萄酒を飲み過ぎて、ひっくり返って素っ裸でいたところを息子たちに見られたと書いてあります。ハムという息子の一人は、父親の裸姿を見たことから、理不尽にも呪われてしまいます。

どんな凄い奇跡を体験しても、それによってその人が「偉くなる」ということはないということです。
一方メソポタミア伝承では、奇跡を体験した人間がより高い位になるという考え方です。この洪水物語を通過した人間は、神に近い人間になり、不死を与えられたりしています。
ここが根本的に違います。
言わんとしている本質が全然違います。「同じモチーフを使っているから真似」ではなく、本質が違っているから「真似ではない」のです。
逆に言うならば、聖書でのノアの箱舟物語は、メソポタミア物語に対する強烈な批判文学です。
洪水を経てノアがどういう職業についたかというと、農夫、農業に従事する者になったということです。額に汗をして働く人間になったということが書いてあります。預言者になったとも書いていません。神の人として、皆に崇められたとも書いていません。かえって恥ずかしいことをしたということは書いています。
これは現代においても非常に痛烈な批判ではないでしょうか。

奇跡を体験しても人間は人間であるということです。一歩間違えば酔っ払い、つまり人間は変わっていないということです。
神が奇跡を起こしたのであって、人間がそれをしたのではないのだということを、聖書文学はきちんと押さえています。どんなに奇跡を体験しても、人間が偉くなるということはない、ということです。

そこを押さえないと、映画がエンターテイメントに力点を置いているのか、旧約聖書を描こうとしたのか、言いたいことが鑑賞者には中途半端にしか見えないということです。

一つだけ重要なこととして述べましたが、「では、他にはどんな違いがある?」と思われた方にあと一つ。
それは舟の扉を閉めたのは誰かということです。
上記の「創世記」にもう一度目をお通し下さい。

3 最後に洪水の場面について

ノア逃亡場面

洪水が起き、人々が逃げ惑うシーンがパンフレットに紹介されています。ノアの家族以外は滅ぼされます。


もう一つ洪水の光景を描いたものをあげてみます。これは『ウィーン創世記』にあるものですが、6世紀の作品です。稚拙とは言え、 リアルさが強く迫ってきます。

ウィーン創世記


次回は「言いたいことは何か」(その2)として、現代のことを取り上げてみます。



この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://mar2002.blog92.fc2.com/tb.php/100-057bf1ca

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

marchan

Author:marchan
千葉 糺(ちばただす)
1947年生

東京理科大学大学院修了(数学・複素関数論専攻)
平成14年~18年度学習院中等科長・高等科長。任期満了の後、学習院高等科教諭(平成19年~24年度)を経て
学習院名誉教授。

(写真は雑誌『Shi-Ba』V.43
から。黒柴マーちゃん,
愛猫いっちゃんと)

国画会彫刻家 故・千野茂氏にデッサンを学び、その後テンペラ画を中心に個展、グループ展等開催。

時間を見つけて谷中「全生庵」坐禅会参加。日本ユダヤ学会会員。
2007年、イスラエルを中心に旅行。


最近の紀要論文
(1)『イエス・千日で世界を変えた男の受難』─「『事実』と『真実』というaporia」─
学習院高等科紀要第5号(学習院高等科 2007年)

(2)『イスラエル・灼熱の旅 リポート』─荒野の民から学ぶ─
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)

(3)『ナザレのイエスはキリストか』=二千年前の一ユダヤ人の死をめぐる過ぎ去ろうとしない「過去」=
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)
(4)『ユダヤ灼熱の旅リポート2』
─平和ボケの民と臨戦態勢の民─
学習院高等科紀要第7号(学習院高等科 2009年)
(5)『聖書への旅』─「生きること」の意味を探して≪マタイ受難曲を聴きながら≫─
学習院高等科紀要第8号(学習院高等科 2010年)
(6)「パリサイ派とは何か」─現代に問う
補遺 聖書を側面から理解するために
学習院高等科紀要第9号(学習院高等科 2011年)
(7)─横顔・一七世紀オランダ絵画・印象派─西洋絵画についての一考察
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(8)聖書が私に教えてくれること
─『イザヤ書』、コルベ神父、そして山本七平─
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(9)四十年を振り返る
学習院高等科紀要第11号(学習院高等科 2013年)
(10)『院歌の周辺』 ─安倍能成 信時潔 岩波茂雄 頭山満─(学習院高等科 2014年)
(11)『ヘブライ語で学ぶ創世記Ⅰ』「ノアの箱舟」
(12)『これからの教育はどうあるべきか 数学者・秋山 仁先生との対談』(学習院高等科 2015年)
─ 今まさに問われていること ─
(13)『国際化とInternationalizeの狭間で』
─その大いなる溝─(学習院高等科 2015年)
(14)『これからを生きるために』─未来志向の経営の理念─(学習院高等科 2016年)
(15)『地球儀を傍らに』─教職追放 地政学 国際法 民主主義─(学習院高等科 2016年)

(写真は死海での筆者,
シナイ山頂での夜明け)

「現代社会の問題を糺し未来の扉を開く会」

検索したいキーワードを入力して、「検索」をクリック

Basic Calendar

<03 | 2018/04 | 05>
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

FC2ニュース

今日の天気は?


-天気予報コム- -FC2-
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。