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「不合理」な生き方

「不合理」な生き方



「犬猫は死なれるのが悲しいから飼わない」という主義の人がいる。気持ちはよく分かる。
合理的な考えと言えよう。「合理的」とは、「道理や理屈にかなっているさま。物事の進め方に無駄がなく能率的であるさま。」(広辞苑)とある。

わが家には犬が1匹、猫が14匹いる。犬は14歳で目は白内障、足は後ろ足がおぼつかない。

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食事は二人がかりである。猫はわが家の庭で生まれたり、放浪してわが家に来た野良猫ばかりである。
検査・手術してすっかり「家猫」になっている。

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言葉を発しない彼ら。したがって「嘘」をつかない彼ら。その彼らともいずれ別れるときが来る。
そのときの悲しみを恐れて、犬猫を飼って愛することを控えるという「合理的」考えには私は与しない。年老いた犬猫は、またそれで愛おしい。

生を受けたものは、生まれたときから死に向かって生きている。
どうせ死ぬのだから生きることが虚しいと言えるだろうか。

「楽だ」「得だ」「ためになる」「利用できる」等々、何事も「合理的」を目指す昨今、自分も含めて、私の周囲の人たちには「不合理」「割に合わない」ことをしている人が実に多い。
一例を挙げてみよう。

少し前になるが、シュートボクシングの試合に招待された。ウイキペディアによると、シュートボクシングとは「キックボクシングの技に加え、投げ技および立った状態での関節技(極め技や絞め技)が認められている立ち技の新興格闘技」とある。
その試合を見ているうちに、「不合理」という言葉が浮かんできた。
若者が懸命になって戦う。顔が次第に変形していく子もいる。
勝った方も負けた方も、終わると必ずリング下の会長のところに挨拶に来る。会長の言葉を正座して聞き、おじぎをして退場する。
大学生あるいは高校生の年代かも知れない子たちが、素直に聞いている姿。
同世代の大半は、あちこちの街で遊んでいるであろうこの時間、殴られ蹴られている若者がいることに強烈に感じるものがあった。
体重が規定より僅か数百グラムオーバーしているということで、ファイトマネー(出場給)を没収されても試合に臨む若者。勝ってもお金にならないのに殴られ、蹴られている。

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「楽をして金儲けをしたい」と考える人間が多い昨今、金儲けではない世界を見つけた若者達がいる。
いろいろな過去を持つ子もいるのかも知れない。しかし、試合に勝つという歓びを見出した若者達の姿。彼らを血の滲む思いでここまで指導してきた人々の努力も、この一種の神々しさを垣間見た瞬間、必ずや報われるであろう。
「若者もまんざら捨てたものではない」と目を細めて言い切る会長の脳裏には、「不合理」の中で努力するこの子らの姿がいつもあるからだろう。あまり使わない「頑張れ!」という言葉が、胸中自然に出て来た。
日本人の多くが、何十年も忘れ去っていた大切なことを思い出させるひとときだった。

第15回シンポジウム終了のお知らせ

第15回シンポジウム終了のお知らせ

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 第15回春季シンポジウムは5月6日(土)ジャーナリスト・櫻井よしこ先生をお迎えし、緊張する国際関係等々、多岐にわたる議論をいたしました。熱い本音の議論が続出し、盛会の中、無事終了いたしましたことを、ご報告いたします。
 皆様方のご協力に深く感謝申し上げます。

 なお、次回秋季シンポジウムは、11月18日(土)に開催致します。

今後ともご協力、宜しくお願い申し上げます。

「現代社会の問題を糺し未来の扉を開く会」代表理事

                                    千 葉   糺



渡部昇一氏の死を悼む

渡部昇一氏の死を悼む


上智大学名誉教授・渡部昇一氏の死を新聞で知った。英語学者と言うよりは、保守論客として知られた人である。
昔、ミリオンセラーとなった『知的生活の方法』を読んだことを思い出す。日本のあり方について保守派の立場から積極的に発言した方であった。
つい先日、読みかけにしていた氏の著作を、再び読み始めたばかりだった。題名は『朝日新聞と私の40年戦争』(PHP研究所)。
この中に、1980年10月15日付朝日新聞の「大西巨人VS渡部昇一」という記事が、「捏造」記事だったと書いてある。
たとえ虚構報道であろうとも、朝日新聞に載ることによって一般に、書かれた人物は社会から葬り去られる。

90年代に朝日新聞社の中での講演を依頼され、講演会の冒頭で司会者が「以前、大西事件というのがありましたけれども、あれはなかった話ですから」と、「捏造」とは言わなかったけれど、わざわざ取り消してくれました。ありがたいなと思いましたが、朝日新聞は外に向かっては取り消していないし、謝罪もしていません。朝日らしいといえば、朝日らしい。


とある。朝日の中にも、「主流派」を苦々しく思っていた人たちも相当いたということである。

ただ、基本的にこの朝日新聞の「捏造」体質は現存していることを、氏は追求し続けた。
2014年8月5日付「慰安婦問題 どう伝えたか 読者の疑問に答えます」、福島原発事故の「吉田調書」に関する「誤報」記事等々で、朝日新聞の信頼は失墜した。しかし、体質はそう簡単に変わるはずがない。「従軍慰安婦問題」として大きく外交問題まで発展させた責任など、何も感じはしない。大々的に記事にした元・記者のその後の行動然りである。
別の本で渡部昇一氏はこう語っている。

「(彼らには日本)『悪しかれと願う』という思想が根底にある」


と。
ここまで書いて、「人の痛み…」と続けて書こうとしたが、ある事件を思い出した。
かつて『週刊朝日』に、政治団体「風の会」を「虱(しらみ)の党」という風刺した記事が載ったことである。9ヶ月後、その政治団体の代表が朝日新聞社長室で短銃自殺したことはご記憶の方も多いだろう。
その20年後、長谷川三千子氏が追悼文を書いた。その中でこういう表現がある。

「彼ら(朝日新聞)ほど、人の死を受け取る資格に欠けた人々はゐない。人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中」


と。2013年、長谷川三千子氏がNHK経営委員になったとき、真っ先に追悼文を書いたことを批判したのは、勿論、朝日新聞であった。

渡部昇一氏のご冥福を心からお祈りいたします。

春季シンポジウム ご案内

『現代社会の問題を糺し未来の扉を開く会』
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春季シンポジウム ご案内

  「グローバル化」「TPP」等々、つい最近まで謳われていた言葉が泡沫と化し、右往左往する大人。「強い者」の意見がまかり通りつつある現在、わしたちは自信がぐらつき、懐疑的、悲観的、自虐的になり、遂には無責任に至るのではないかと大いに危惧されます。それを次世代を担う若者、子供が見ているという危機的状況。
今回は非常にご多忙の中、著名なジャーナリスト・櫻井よしこ先生を昨春に引き続いてお招きし、「自信を持つために─ここに至った原因は何か」を主題として、皆様とご一緒に、危機を乗り越えるため有意義な話し合いの場にしたいと存じます。
 質疑応答のお時間も十分にとらせていただき、皆様方とご一緒に、是非、有意義な楽しいひとときにしたいと考えております。
宜しくお願い申し上げます。


テーマ:「自信を持つために─ここに至った原因は何か」
櫻井よしこ01


登壇者:ジャーナリスト 櫻井よしこ, 石川 裕一,千葉  糺

日時:  平成29年5月6日(土)18:00~20:30 
            (開場17:30)

場所:  アルカディア・市谷(私学会館 電話03-3813-6211)
      東京メトロ有楽町線・南北線 市ヶ谷駅A-1出口 徒歩2分
       都営新宿線 市ヶ谷駅A1-1 A4出口 徒歩2分
       JR中央線 市ヶ谷駅 徒歩2分

参加費:  2,000円 学生:1,000円 
定員:    約80名
マップ

参加希望の方は、参加人数と一緒に下記に(1)Eメール,(2)電話 のいずれかで、4月30日までにお知らせいただきたく存じます
     (1)tadasu02@star.bbexcite.jp (2)048-884-5339


NPO法人「現代社会の問題を糺し未来の扉を開く会」
代表理事 千  葉    糺


日米の教科書を比較する(その一)

日米の教科書を比較する(その一)


 先日ある会で話した内容に加筆したものをご紹介したい。春季シンポジウムの多少予告編めいた内容になるかも知れない。

 つい暮れ頃までグローバルだ、TPPだと言っていたはずが一転して保護主義という風が吹き荒れてきた。
話し合いなどとは無縁の、強い者、つまり武器を持つ者の意見がまかり通るようになってきた。日本はどう舵を取れば良いのか分からなくなっている。であるが故に北朝鮮のミサイル、シリア情勢等々よりも、数週間も延々と森友問題などに拘って議論しているのかも知れない、と言うのは議員の先生に失礼であろうか。

今日は日本のこの右往左往ぶりについて考える。

葦津珍彦という思想家がいた。平成4年82歳で亡くなられた。彼の著作集は図書館にあるはずである。
その葦津珍彦が『土民のことば』という論文を出している。そこに現在の問題が凝縮されているような気がする。
自分の国に対する自信喪失。なぜ自信を失ったのか。

 いま大事なことは、小学生、中学生に日本という国の歴史をどう教えるかである。そのためには、現状はどうなっているのかを把握する必要がある。大学生、社会人では思考が固まっている、いや高校生でもそうかも知れない。
 こう言った瞬間、「右だ」「保守だ」というレッテルが自称「リベラル」の方々から貼られるであろう。しかし、「国民主義」なくしては「国際主義」は語ることが出来ないという「常識」は敢えて述べておきたい。

明治以降、特に第二次大戦について小学生、中学生にどう教えているかについて考えてみたい。

その前に、歴史とは子どもに自分の国への希望を与えるものでなくてはならない。
歴史と歴史学は違う。また、歴史はお互いの見解は理解できても、共通唯一の歴史は存在しない。どちらから見るかで異なるものだという「常識」も踏まえておくべきである。
葦津珍彦が『土民のことば』の中で言っている。

祖国が戦い敗れて全土を占領されたときにアメリカの占領軍は、日本人に対して民主主義教育を強行した。政治経済文化道徳宗教等あらゆるものの民主化が強行された。占領者が「民主的原則」として教示するところに一致しないすべてのものは、それが日本人社会の間に根の深い思想であろうと、愛着の強いものであろうと、それは非民主的だとして断罪された。武器を有(も)つ教師の教育はきびしかった。
アメリカ人は、自由で民主的な市民ではあるが、かれらは白人特有の偏見から抜けきれない。かれらの祖先は、かつて世界到るところに遠征したが、その土地で異人種を発見した。かれらは、異人種をその土地の土人、土民と呼んだが、かれらは自分をヨーロッパの土人とは云わなかった。白人こそは世界文明の主人だと信じていたからである。かれらは自らの思考、自らの感情をもって文明的だと信じており、土民の思考や感情には好奇心を感じたけれども、それは未開劣等のものだと断定して疑わなかった。日本を占領したアメリカ人が、日本特有の思考、感情に対して、これを土人のものと断定して蔑視したのは怪しむにたらない。日本の土民、神道人としての私が占領下に痛恨の思いをさせられたのも当然であった。
だが日本土民の感情思考を蔑視したのは、白人ばかりでなかった。日本人の中にも外人的な思考、感情を身につけなければ、民主的、文化的になれないと思いこんで、日本人の心情を非難し嘲笑した者が多かった。それは占領中ばかりでなく、今でも日本のマスコミは、それらの外人文化礼賛者に占領されているかの感がある。これは著しい戦後の風潮ではあるけれども、冷静に見れば日本文化の一つの特徴なのかもしれない。


占領中ばかりでなく、今でも日本のマスコミは、それらの外人文化礼賛者に占領されているかの感がある。
武器をもつ教師(アメリカ)の教育の「成果」の一つに、第二次大戦、特に「原爆投下」についての教科書での書き方がある。
日本の小・中学生にこれをどう教えているか、アメリカの同年代の世代にはどう教えているか、自信がないが比較してみたい。
その前に、アメリカの教科書はとても分厚い。アメリカには教科書の検定はなく、自由に教員が選ぶ。
何よりも教科書の扱いが根本的に違う。
ここで「を」と「で」ということを知っておいて貰いたい。
「を」・・・米国
「で」・・・日本(中国等)

どういうことか。
日本は教科書で教える。教科書はいわば骨と皮である。教員が項目について肉付けして教えていく。教科書を生かすも殺すも現場の教員の力量である。
一方、アメリカは教科書を教える。「教科書を教える」ためには優れた教科書が必要である。裏返すと「教科書で教える」ことには期待していない。そもそも教科書をすべて教えるという発想がアメリカにはない。「あとは読んでおくこと」である。教員にバラツキがあることも要因である。だから、どんな教員が教えても、生徒が自分で教科書を読めば分かるようになっている。
一方、日本の教科書は骨と皮だけ。
この「を」と「で」、ここを押さえておいて貰いたい。

本論に入ろう。
アメリカの教科書では、第二次大戦特に原爆投下をどう初等・中等教育で教えているだろうか。実際の教科書
Walter A. Hazen “World War Ⅱ”を見ながら説明したい。
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(以下次回配信)

お詫びと訂正
春季シンポジウムのご案内葉書の曜日が間違っていました。
5月6日()に訂正お願い致します。

Appendix

プロフィール

marchan

Author:marchan
千葉 糺(ちばただす)
1947年生

東京理科大学大学院修了(数学・複素関数論専攻)
平成14年~18年度学習院中等科長・高等科長。任期満了の後、学習院高等科教諭(平成19年~24年度)を経て
学習院名誉教授。

(写真は雑誌『Shi-Ba』V.43
から。黒柴マーちゃん,
愛猫いっちゃんと)

国画会彫刻家 故・千野茂氏にデッサンを学び、その後テンペラ画を中心に個展、グループ展等開催。

時間を見つけて谷中「全生庵」坐禅会参加。日本ユダヤ学会会員。
2007年、イスラエルを中心に旅行。


最近の紀要論文
(1)『イエス・千日で世界を変えた男の受難』─「『事実』と『真実』というaporia」─
学習院高等科紀要第5号(学習院高等科 2007年)

(2)『イスラエル・灼熱の旅 リポート』─荒野の民から学ぶ─
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)

(3)『ナザレのイエスはキリストか』=二千年前の一ユダヤ人の死をめぐる過ぎ去ろうとしない「過去」=
学習院高等科紀要第6号(学習院高等科 2008年)
(4)『ユダヤ灼熱の旅リポート2』
─平和ボケの民と臨戦態勢の民─
学習院高等科紀要第7号(学習院高等科 2009年)
(5)『聖書への旅』─「生きること」の意味を探して≪マタイ受難曲を聴きながら≫─
学習院高等科紀要第8号(学習院高等科 2010年)
(6)「パリサイ派とは何か」─現代に問う
補遺 聖書を側面から理解するために
学習院高等科紀要第9号(学習院高等科 2011年)
(7)─横顔・一七世紀オランダ絵画・印象派─西洋絵画についての一考察
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(8)聖書が私に教えてくれること
─『イザヤ書』、コルベ神父、そして山本七平─
学習院高等科紀要第10号(学習院高等科 2012年)
(9)四十年を振り返る
学習院高等科紀要第11号(学習院高等科 2013年)
(10)『院歌の周辺』 ─安倍能成 信時潔 岩波茂雄 頭山満─(学習院高等科 2014年)
(11)『ヘブライ語で学ぶ創世記Ⅰ』「ノアの箱舟」
(12)『これからの教育はどうあるべきか 数学者・秋山 仁先生との対談』(学習院高等科 2015年)
─ 今まさに問われていること ─
(13)『国際化とInternationalizeの狭間で』
─その大いなる溝─(学習院高等科 2015年)
(14)『これからを生きるために』─未来志向の経営の理念─(学習院高等科 2016年)
(15)『地球儀を傍らに』─教職追放 地政学 国際法 民主主義─(学習院高等科 2016年)

(写真は死海での筆者,
シナイ山頂での夜明け)

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